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俺の相棒は


 細身だが、筋肉のついた引き締まった体。突き出た喉仏。割れた腹筋。平らな胸。
 サイファーは、大人の、男だ。
 ロッカールームで着替えるサイファーを見て、分かりきったことをピクシーは再確認する。そう、分かってはいるのだ。けれど、時々失念するというか、納得がいかないというか。サイファーは顔だけ見れば子どもだ。どう見てもティーンの子どもだ。誰に聞いてもそうだと答えるだろう。賭けてもいい。ともすれば、女性にも見えなくもない。
 彼の身長は高くない。175cmくらいだろうか。女性のように滑らかな輪郭の小顔。鼻も低く、全体的に彫りが浅い。目立った皺も染みも髭もない、薄橙の肌。とにかく未成熟な印象を受ける。黒い瞳の目は大きい方で、しっかり開いているはずだが、溌剌とした印象はない。常に眠る寸前の幼子のような無表情。短い黒髪はサイドもバックも外に跳ねている。どうやら天然らしい。時に寝癖のようにも見えるそれが、また幼さを醸し出している。
 初めて基地で彼の姿を見かけた時は、迷子かと思った。傭兵仲間が連れてきた家族かと。そのつもりで案内した彼が同僚……しかもガルムの一番機だと知った時は当然驚いた。不意打ちのミサイルを食らった気分。最近になって彼の年齢を聞いて、また驚いた。彼曰く「PJよりは上、貴方よりは下。でも大して変わらない」ということだ。きっと2、3歳しか違わないのだろう。1歳差とは思いたくない。正確な年齢は訊かなかった。あえて曖昧な訊き方をした。正直なところ知るのが怖い。
「ピクシー」
 サイファーがじっと見下ろしてくる。彼はいつの間にか着替えを終えていた。ベンチに座っているピクシーは、まだパイロットスーツを着たまま。
「どうした、相棒」
「それはこっちのセリフ」サイファーは微かに口角を上げる。「どうした、相棒。着替えないのか?」
「あぁ……着替えるよ」
「うん。それじゃあ、俺は先に戻ってる」
「ああ」
 サイファーがロッカールームを後にする。途端に静寂が気になった。周囲を見ると、もう他にも誰もいない。ピクシーは溜息を吐いた。立ち上がって、パイロットスーツを脱ぎ始める。己の下半身を、ちら、と見遣って、また溜息。この疼きは、気のせいではない。大分溜まっている。誰もいないから、今、ここで、一人で処理しても。
「…馬鹿野郎」ピクシーは独りごちる。
 愚かな欲望を押し殺して、着替えを続ける。今ここで、は無しにしても、後でどうにかしないとどうしようもない。
 どうにか。
 サイファーのことが頭に思い浮かぶ。
 無表情の彼。
 全裸の彼。
 一瞬のフラッシュバック。
 重ねた唇。彼の足を開いて。貫いて、繋がって。悦びの声。崩れた無表情。
 ラリー、と呼ぶ甘い声。
「……おいおい」
 頭の中で、サイファーをどうにかしようとした。
 どうにかしたいのか?
 大切な相棒だぞ?
 そう、大切な相棒だ。傭兵として、パイロットとして、人として、敬意と好意を抱いている。彼の全てに魅かれていることは否定しようがない。連戦連勝のエース。戦いを重ねるごとに強くなる。そんな強者とは思えない繊細な外見。大人なのに子どものような。男なのに女のような。戦いとは縁遠い雰囲気。常に泰然自若としている。空虚にも近いものを感じる。けれど、決して無ではない。
 もしも彼を抱いたら。
 どんな表情を、感情を見せてくれるのだろう?
 想像どおりの彼を見せてくれるのか?それとも、想像とは全く違う彼を?
「…何を考えてるんだ俺は」
 着替えが途中で止まっていることに気が付く。さっさと着替えよう。全ての想像をゼロにして、無心で着替えよう。
 思い浮かぶサイファーの姿を、消して、また思い浮かんで、また消して。
 結局部屋に戻るまでそれを延々と繰り返した。今はやっと無心だ。目の前に本物のサイファーがいるから、無心でいられる。正しくは無心とは言えないか。ピクシーはコーヒーを一口飲んだ。自販機で買った缶コーヒー。とっくに冷めていた。旨味の半減した残りを飲み干して、空になった缶を机の上に置いた。
 サイファーはというと、先程からストレッチをしている。時間がある時は念入りに、ない時でも簡単に、彼は毎晩のストレッチを欠かさない。曰く、寝つきも目覚めもよくなる、とのことだ。体はしなやかに、気持ちよさそうに伸びているが、顔は相変わらずの無表情。動きも表情も人形みたいだな、と思う。前屈をすると、トレーナーの裾がめくれて、肌が露わになった。ピクシーは思わず息を飲む。また、欲求が膨らんでくる。彼から目を離せない。こちらを見る、サイファーの無機質な瞳。いつの間にか彼が目の前にいた。
「今日一日ずっと、貴方の視線を感じた」サイファーが言う。「どうかしたのか?」
「いや……」
「何でもない、は通用しないよ。ガルム2」
 サイファーが、ずい、と顔を近づけてくる。怒りを露わにしているわけではない。静かな空気、声、無表情。だが、圧倒的な迫力を感じる。9割方、己のやましい心が見せる幻だろう。ピクシーは逃げるように顔を引く。サイファーが追撃してくる。それでもピクシーは逃げる。そろそろ机の上に押し倒される形になりそうだ。降参だ、とピクシーは両手を挙げた。
「本当に何でもないんだ。ただ…、欲求不満なだけ、かな…」
 自分で言って悲しくなった。男同士ではよくある話題だが、こんな風に問い詰められて白状するのは、痛恨の極みだ。しかも、欲求不満だからサイファーを見つめていたということは、つまり彼を性的な対象として見ていたということであり。悲しさと、申し訳なさでいっぱいだ。
「そういうことか」
 サイファーは不快に思っただろうか?わからない。彼の表情は変わらない。そして、距離も近いまま。離れる気配はない。
「もっと早く言ってくれればよかったのに。必要ならトイレでも部屋でもベッドでも何処でも抜いてくれて構わないよ。俺は気にしない」
 大胆なことを淡々と告げてくれる。
「そ、そうか」
 俺は気にする、という言葉を飲み込んだ。言える立場ではない。
「それに、俺でよければ相手になるよ」
「えっ」
「俺は男でも平気だから。もちろん、誰でもいいわけじゃないけど。でも、貴方なら大丈夫」
「…いいのか?」
 サイファーは微笑んで、小さく頷いた。
 彼が受け入れてくれるのならば。
 それならば。
 自制心のタガが外れていく。そもそも限界だった。もうこれ以上は抑えられない。
 欲望が溢れ出す。
 サイファーが、欲しい。
 机の上に押し倒されつつあった体を起こし、彼の体を抱き締める。右手で彼の頬に触れる。想像以上に柔らかい感触。滑らかな肌。相棒の唇。指で触れてから、自分の唇を重ねた。軽く離して、また重ねる。サイファーが目を細める。初めて見る表情。それが刺激となって、新たな情動を呼び覚ます。触れるだけのキスから、ディープキスへ。彼も応えてくる。舌を絡ませる。吐息が混じり合う。柔らかい。温かい。相棒の感触。アルコールのように効いてきた。心地よい微酔。下半身も勃ち上がってきた。
 もっと、もっと欲しい。
 お互い着ていた服を床に脱ぎ捨てる。
「俺のベッドでいいかな?」サイファーが囁く。
「ああ」
 二段ベッドの下がサイファー、上がピクシーの寝床だ。ピクシーはサイファーの腕を引いて、ベッドに入り込もうとした。けれど、彼は乗ってこない。
「待って」
「何だよ」
「ゴムとローションを用意する。先にベッドに入ってて」
「あぁ…」
 ピクシーは息を漏らす。すっかり浮かれて熱くなっていた頭に、冷や水をかけられた気分だ。けれど、サイファーの判断は正しい。当然の用意だ。こんな時でも頼りになる相棒、か。ガルム1の指示に従おう。ピクシーは先にベッドに入った。部屋の暖房はつけているが、しかしシーツは少し冷たい。心も体も冷えてしまう。まだ、冷静になりたくないのに。
 サイファーの体ではなく、先にゴムが飛んできた。
「つけて」
 次に飛んできたのはサイファーの声。
「…了解」
 返事をして、ゴムを性器に装着する。
「お待たせ」
 やっとサイファー本人がベッドに入ってきた。
「待ちくたびれた」
 ピクシーはサイファーの体を抱こうと、手を伸ばした。しかしその手を掴まれ、逆に抱かれ、押し倒されてしまった。
「おい、相棒」
 彼はゴムを右手の人差し指と中指にはめ、左手にローションを持っている。
 どういうことだ?
 そういうことだ。
 サイファーは、やる気か。
 少し冷めていた頭はすぐに状況を理解した。
 サイファーはゴムにローションをつけると、その手をピクシーの秘部に宛がった。瞬間、ピクシーは体を震わせ、ひ、と上擦った声を漏らす。サイファーの指が、ぬるぬると秘部を撫でる。冷たい感触。だが、頭も体も熱くなる。
「あい、ぼう」
 サイファーは無表情で秘部を優しく愛で続ける。さらには、性器まで。体を押さえつけられているわけではない。けれど、ピクシーはされるがまま。吐息を零しながら、サイファーのいつもの無表情を、ただ見つめていた。予想外の状況と、羞恥と、じわじわと襲い来る快感。混乱して、体を動かせない。
 やがてサイファーの指が、中に入ってきた。
「ウワ! 、あ」
 ゆっくり、探るように侵入してくる、細い指。
「サイファー、おまえ」
「…ピクシー。今更だけど、男を受け入れたことは、あるよな?」
「ある、けど」
「よかった。安心した」
 サイファーが、中で指を軽く折り曲げる。強い衝撃が襲ってきた。痛みと、快感と、両方。長い呼吸を繰り返す。喘ぎ声が漏れそうになる。視界が滲んできたのは、涙のせいか。今、自分はどんな顔をしている?余裕なんて欠片もない。ひたすらに狼狽えている。頬を紅く染めて?
 口を結んで、両手で顔を覆う。
 相棒に、こんな情けない顔を見せるつもりはなかった。見られたくない。
「相棒、お前が」ピクシーは言う。喘ぎ混じりのか細い声だった。「…お前が、抱くの、か?」
 今更、何を訊いているのか。
 もう手遅れだ。
 この状況がひっくり返るわけがない。
 わかってはいるけれど。
「ああ」サイファーは即答した。
「…待って、くれ!…俺は!お前を、抱きたくて」
「俺は抱かれるより、抱く方がいい」
 ピクシーは片手を外して、サイファーの顔を見る。有無を言わさぬ、静かな無表情。
 ピクシーは目を瞑った。
「相棒、まだ生きてるか?」サイファーの声が降ってくる。
「…死にたい」
「それは許可できない、ガルム2」
「……ガルム2、応答なし」
「大変だ。ガルム1、援護する」
 サイファーがピクシーの両足を開く。ピクシーは顔から両手を外して、僅かに上半身を起こす。そして、見た。愉悦に染まった相棒の笑顔と、下半身を。
 そうだ、分かっていただろう?
 サイファーは、大人の、男だ。

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