HAKO // Depot > ShortStory
Buddy

■Larry

 よく晴れた日だった。空はひたすらに青い。深い青。真上で輝く太陽。白い光。その下、地表の近くを複数の戦闘機が飛んで行った。轟音が空気を裂く。上昇していく戦闘機。遠ざかる機影。すぐに見えなくなった。静寂が戻ってくる。
「あれはリボン付きの隊だよ」隣にいた仲間が言う。「一機だけイーグルがいた。間違いない」
 F-15C、イーグル。
 確かに、いた。
 一瞬だけれど、見えた。
 翼を青に染めていた。
 ラリーは空を見る。イーグルが飛んで行った方向を。見ながら、遠くに思いを馳せる。遠い地。遠い過去。もう10年程前か。それでも、鮮明に思い出せる。色褪せない過去。忘れられるはずもない。
 青い翼のイーグルは、彼は、隣にいた。
 共に飛んだ。
 共に戦った。
 そして、敵として戦った。
 彼は、円卓の鬼神。
「リボン付きを拝めるなんて縁起がいいな。今日も生き残れる気がするぜ」
 リボン付き。仲間のその言葉だけが沁み込んできた。ISAF空軍のエース、メビウス1。その強さは地上の義勇兵にも伝わっている。リボン付きの死神、と。
 圧倒的な強さで戦況を覆してきた、二人の神。
 神達は青い翼のイーグルを使う。
 本当に二人か?
「……よう相棒、まだ生きてるか?」ラリーは呟いた。


 その後、リボン付きの死神は大陸戦争を終結に導いた。彼は英雄として語り継がれ、人々の記憶に残る。
 円卓の鬼神は、歴史の闇に消えた。
 リボン付きの死神は、光として輝く。
 でも、同じだ。
 空を見上げてラリーは微笑む。
 数ヶ月前の予感は、確信に変わっていた。



■He

 面白いものを手に入れた、そう言って同僚が持ってきたのは一枚のDVDだった。オーシアで放送されたドキュメンタリー番組の録画だという。タイトルは"戦士たちとベルカ戦争"。
 ベルカ戦争。
 その単語を聞いて、一瞬で記憶が甦る。
 鮮やかな色が。
 空の青と、翼の赤。
 片翼を赤に染めたイーグル。
 片翼を赤に染めたモルガン。
「見ようぜ」
 同僚の言葉で彼は我に返った。同僚がDVDを再生する。その場にいた皆はテレビの前に集まった。彼は一人だけ離れて、後ろの方に立った。誰にも話しかけられたくなかったからだ。ここからでも十分映像は見える。食い入るようにそれを見た。
 ベルカの元エース達が語る。円卓の鬼神のことを。
 まだ覚えていた。
 自分ももちろん覚えている。
 あの戦いを。空を。感情を。
『よう相棒、まだ生きてるか?』
 テレビの中の男が言う。
 懐かしい声。
 まだ生きているよ。
 まだ、飛んでいる。
 貴方は、やはりもう飛んでいないのか?
 でも、生きていた。
『ありがとう、戦友。またな』
 その言葉の直後に集合がかかった。同僚達が慌てて外に出ていく。DVDは再生されたままだ。今まで映っていた男の姿は消えて、スタッフロールが流れている。彼はそれを視界に入れたまま、男の言葉を反芻していた。
 またな。
 また、会える?
 先に出て行った同僚の一人が戻ってきた。
「メビウス1!何をしている、早く来い!」



■Buddy

 空を見上げる。灰色だ。今日は一段と寒い。雪が降るかもしれない。クリスマスだからお誂え向きか。今のところ戦闘もない。とはいえ、後のことを考えると、やはり戦場に降る雪はあまり歓迎できない。
 ラリーは、ふぅ、と息を吐いた。真っ白だ。目を擦って、今度は遠くの景色を見る。若い頃に比べると、少し視力が落ちた。まだ見えるけれど、しかしもう戦闘機には乗れないな、と思う。まだ空に未練があるのか?ない、とは言い切れない。時々思うのだ。もう少し、相棒と一緒に飛びたかった、と。
「おーい、ラリー」
 仲間の声だ。ラリーは振り返る。
「あんたに客が来てるぜ」
「俺に?」
「あぁ。本部の応接室に行ってくれ」
 来客は珍しい。最後にラリーを訪ねた客は、テレビ局の人間だった。取材にやって来たのだ。円卓の鬼神を通してベルカ戦争を追いかけたドキュメンタリーを作る、と。結局完成した番組は見ていない。あの番組は好評だったのか、不評だったのか。そして、円卓の鬼神……相棒はあの映像を見たのかどうか。何も知らないままだ。
 ふと、仲間が妙な視線を送ってきていることに気が付いた。羨望と嫉妬が入り混じった、そんな目。
「何だよ」ラリーは眉を顰める。
「…あんた、英雄と知り合いなのか?」
「は?」
「サイン貰ってきてくれよ」
「…誰が来てるんだ?」
「だから、英雄だよ」
 今、この大陸で英雄と呼ばれる人間は一人しかいない。
 彼だ。
 ラリーは早足で向かった。そのうち気持ちを抑えられずに駆け出した。建物内に入っても走る。ノックもせずに応接室のドアを開けた。そこには三人がいた。上官と、他の二人は知らない顔だ。お偉い方ということは察しがついた。英雄はいない。ラリーはお偉い方の白い目に気が付いて、慌てて敬礼をした。嫌味の言葉を頂戴し、それから二、三言葉を交わして、客人の居場所を教えてもらった。彼は屋上にいる。


 屋上に出るドアの前で、ラリーは立ち止まった。一度、深呼吸する。この扉の向こうに、彼が、英雄がいる。それは、つまり。
 思考を止めて、ドアを開けた。
 正面奥に人が立っている。一人。男だ。目を細めて、彼の背中を見る。そして、空を見上げた。灰色の空。白い雪。
「…降ってきたか」ラリーは呟いた。
 歩いて、男の方に近づく。黒い短髪は知っている髪型と違うが、しかしその背中、立ち姿は知っている。間違いない。
 何を話そう。
 話したいことはたくさんある。
 でも、考えるのは無駄だ。
 想いは勝手に溢れる。
 ラリーは口を開いた。
「よう相棒。まだ生きてるか?」
 男が振り返る。その時、フライトジャケットの袖のエンブレムが見えた。リボン……メビウスの輪だ。
 沈黙。
 冷たい風が肌を刺す。
 ラリーは微かに顔を顰めた。
 けれど、男は表情を変えない。
 無表情で、瞬きもせず、こちらを見ている。
 濁りのない黒の瞳。
 懐かしい顔。
 ラリーは彼の目を真っ直ぐ見つめる。
「…11年前」彼は静かに口を開いた。「その言葉をくれた日も、クリスマスだった」
「そうだったな」
「残酷なプレゼントだと思ったよ」
 そう言った彼の声は、淡々としていた。怒りも憎しみも感じない。
 彼は言葉を続ける。
「でも、少しだけ嬉しかった。貴方が確かに生きていると分かったから」
「……そうか」
 ラリーは彼の隣に並んだ。
「変わらないな、サイファー」ラリーは言う。「相変わらず若い」
「貴方は少し老けたね」彼は微笑んだ。
「ハハッ。仕方ない。もうすぐ四十だからなぁ」
 笑って、一息吐いて、彼の笑顔を見る。
「…一度だけお前が飛んでるところを見たよ」
「本当に?」
「あぁ。青い翼のイーグル、だろ?」
 彼は頷く。
「今でもイーグル…、か」
「好きなんだ」
「物好きだ」
「そうだね。よく言われる」
 そこで一旦会話が途切れる。彼は空を見上げた。ラリーも空を見上げる。雪の量が増えてきた。降り積もり、少しずつ景色を白に染めていく。
「……円卓の鬼神が、今度はリボン付きの死神……そして、英雄か」空を見上げたまま、ラリーは言う。「やっぱり強いな、お前は」
 彼は答えない。ラリーは彼の方を見る。彼も空から視線を戻していた。
「あの番組を見たんだ」彼は言う。
「…そうか」
「俺はまた生き延びた」
「あぁ」
「だから、会いに来た」
「あぁ」
「会いたかった」
「…あぁ」ラリーは彼の体を抱き締める。「……ありがとう、相棒」

PAGE TOP