隊長の前髪
ブリストーがウィザード隊全員にチョコレートを作ってくれることになった。
最初に、隊長の手作りチョコレートが食べたい、と言い出したのはフォアキンで。それはいい、とすかさず同意したのがモリエンテス。上官であり年長者でもある二人が言い出したことで、若い部下達も次々に便乗した。ぜひ、とキャリーが拍手をし、他の隊員もはやし立てる。若干弱気なショアは控えめに笑顔で頷くだけだった。同じくベレッツキーも頷いただけ。ブリストーに何かしてもらう、となると、どうしても畏れ多いという気持ちが先立って、一歩引いてしまう。こんな時は前に出る方が正解だとは思うのだが。
ブリストーは困ったように笑ってみせたが、しかし満更でもない様子で承諾した。
どうせならパーティを開こう、と日時を含めてフォアキンが提案したところ、参加希望者が多かったので、キッチン付きのレンタルスペースを借りることになった。チョコレートに加えて、パーティの料理も作るのは、もちろんブリストーだ。さすがに一人で作るのは大変だ、とブリストーの指名でパーマーとショア、それからポーターが手伝いをすることになった。ベレッツキーはキャリーと一緒に買い物担当に立候補した。他のメンバーは料理が完成する頃に来る予定だ。
「ただいま戻りました」
ベレッツキーとキャリーはテーブルに荷物を置いた。買ってきたのは飲み物などだ。材料は先に用意してあり、ブリストー達が料理を始めている。
荷物をビニール袋から出して、冷蔵庫に入れる。横目でブリストーを見ると、彼は素手で何かを捏ねていた。それが何なのか、どの工程なのか、料理は不得手のベレッツキーにはわからない。作業の内容よりも、むしろブリストーの前髪の方が気になった。完全に目にかかっている。いつもはきっちり横分けにしているが、作業の途中で前に来てしまったらしい。
「隊長、前髪が邪魔ではないですか?」ベレッツキーは訊いた。
「ああ、邪魔だ」作業を続けながらブリストーが答える。「うっかり結び忘れてな」
「よければ、結びましょうか?」
「頼めるか?」
「はい」
「テーブルの上にヘアゴムがあるはずだ」
彼の言うとおり、赤色のヘアゴムが一つ置いてあった。それを取って、ベレッツキーはブリストーの背後に立つ。
気軽に申し出てしまったが、いざ彼に触れるとなると緊張してきた。
何て畏れ多い。
何て身の程知らずな。
何て贅沢な。
誰にも気づかれないよう、ベレッツキーは小さく息を吐く。ふと周囲が気になって、他の仲間達の方に視線を向けた。彼らはこちらには構わず、会話をしながら作業を楽しんでいた。ブリストーの方に視線を戻す。
「…いつもと同じでいいですか?」
「ああ」
彼はオフタイムには時々前髪を結っている。中央で一つに。どちらかと言えば強面であり、またオーシアのトップエースである彼には全く似つかわしくない、実に可愛らしい髪型だと、ウィザード隊の面々には面白がられている。邪魔なら切ればいいのに、とフォアキンは毎度のように絡んでいる。だが、ブリストーにはその気は全くないらしい。これでいい、と一蹴するだけだ。
「わかりました。……では、失礼します」
ブリストーの、赤味がかった金髪に触れる。
柔らかい髪。
正直なところ、切ればいいのに、とべレッツキーも思っていた。
でも、こんな風に触れることができるのならば。
ベレッツキーは口元を緩ませる。
「これでいいですか?」
「ああ。ありがとう」
「いえ」
ベレッツキーはブリストーから離れた。少し経って、今の工程を終えたらしい彼が、振り返り仲間達に指示を出す。
「了解…って隊長、またその前髪…」ポーターが吹き出した。
キャリーとショアもにやにやしている。
「問題あるか?」ブリストーが言う。
「問題ではありませんが、しかし似合いません」パーマーがきっぱりと言った。
「言ってくれるな、ベディビア」
ブリストーが笑うと、皆笑い出した。
ベレッツキーも堪え切れず、ブリストーに申し訳ないと思いながら、にやける口元を手で押さえた。
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