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不機嫌の理由


 円卓での任務を終えて、基地に帰還してから、ブリストーはずっと頗る不機嫌想だ。少なくともケヴィンの目にはそう見えていた。
 ブリストーは眉間に深い皺を刻んでいる。睨みつけるような鋭い目。口は結んだまま。普段から無口だが、輪をかけて無口になっている。口を開けば押し殺したような低い声が。発する空気だけで人を殺せそうな気がする。
 何故こんなにも不機嫌なのか。理由は色々と思い当たるが、不確かだ。本人の口から聞いたわけではない。恐ろしくて、とても訊くことはできない。ケヴィンはすっかり怯えていた。それでも気になって、ブリストーや周囲の様子をこっそりと伺っていた。
 ソーサラー隊の隊長パーマーは、いつもと変わりなくブリストーに接している。鈍感というわけではない。空気を読んで、あえて普通に接しているのだろう。
「…触らぬ神に祟りなし、だな」そう呟いたのは、ポーターだった。
 彼は逃げるようにその場を去って行った。デブリーフィングは終わり、ひとまず解散となっている。用心深い彼は、しばらく隠れているつもりだろう。
 パーマーとポーター、どちらが正解だろうか?どちらも正解かもしれないが、パーマーの真似は自分にはとてもできない、とケヴィンは思う。
「片羽のせいだ」憎悪に満ちた声が背後から聞こえた。ベレッツキーの声だ。
 ケヴィンは恐る恐る後ろを振り返る。振り返りつつ、そろりそろりと距離を取る。ベレッツキーもご機嫌斜めか。鋭い三白眼が睨みつけているのは、ここにはいない片羽の妖精だ。
「片羽……奴のせいでブリストー隊長が心を痛めている……」
 今片羽がこの場にいたら、ベレッツキーの震える拳は片羽を殴殺していたに違いない。片羽のせいだという証拠は何もないけれど。しかしブリストーが絡むと、狂信的かつ暴力的になるのがベレッツキーだ。ケヴィンは彼から視線を外し、ゆっくりと確実に離れていった。
「よう、ケヴィン。どうした青い顔して」殺伐とした世界の外から話しかけてきたのは、ボタンだった。キャリーも一緒にいる。
「えっと…ブリストー隊長が不機嫌で、それで、」
「ブリストー隊長が不機嫌?」
 ベレッツキーも、と説明する前に、キャリーが首を傾げつつ遮ってきた。そして、ボタンと顔を見合わせる。何のことかわからない、といった様子だ。
「…気が付かなかった?」
「全然だ」キャリーが答える。「いつもと同じじゃないか?」
 確かに、顰め面も無口もいつものことだが、しかし。
「すごく機嫌悪い……、と思う」ケヴィンは小声で言う。
「うん、ケヴィンの言うとおり」フォアキンが突然割って入ってきた。後ろにはモリエンテスもいる。「隊長ってば物凄く機嫌悪いみたいだね。せっかく勝ったのにね」
「ま、鬼神と片羽のおかげだけどな」モリエンテスが言う。
「だね」フォアキンが頷く。「オーシアは40%以上の損失。ぶっちゃけ壊滅だよね。それでも大佐殿はご機嫌だったから、実に寛大というかおめでたいというか、何て言ったらいいかなルシオ?」
「馬鹿」
「気持ちのいい直球だねぇ」
 あはは、とフォアキンは笑うが、しかし笑い事ではない。怖いもの知らずのキャリーは納得した様子でうんうん頷いているが、比較的常識人のボタンは若干引き気味だ。ケヴィンは若干どころではなく、激しく引いていた。というより、怯えている。きょろきょろと周囲を見渡す。もしも大佐に聞かれたらと思うと恐ろしい。他の人間に聞かれていても恐ろしい。幼馴染コンビであるフォアキンとモリエンテスの会話は時々猛毒が含まれているから恐ろしい。
「ところで隊長は何故不機嫌なんです?オーシアが大打撃を受けたからですか?」キャリーがフォアキンに訊く。
「さあ?本人に直接訊いてみようか。ほら、噂をすれば隊長がこっちに来た」
 ケヴィンは一歩後ずさる。ブリストーは相変わらず顰め面で、近寄り難い空気を発している。けれど、フォアキンは、隊長~、といつもどおり気軽に気楽に軽い足取りで近寄って行った。空気を読んで、あえて空気を破壊しに行くつもりか。
 ケヴィンと、キャリー、ボタン、モリエンテスは動かずにその場でブリストーとフォアキンの二人を見守る。二人は少し離れたところで足を止めたが、声は十分聞こえる距離だ。
「隊長機嫌悪いですね?」フォアキンが言った。
 いきなり直球だ。あのバカ、とモリエンテスが呟く。
「可愛い弟分の片羽と鬼神が仲良くやってたからでしょ?」
 フォアキンがそう言うと、ブリストーの発する空気がどす黒くなった。眉間の皺はさらに深く。
 図星なのか?片羽が煮え切らず、まだ組織に参加しないことに腹を立てているのならわかるのだが。可愛い弟分を見ず知らずの奴に取られて不機嫌だなんて、ブリストーがそんな子どもじみた嫉妬をする、のか?ケヴィンは目を丸くする。
「まあまあ、弟君が元気そうで何よりじゃないですか」フォアキンがブリストーの肩に手を置く。「ね?だから隊長も元気出してください」
 彼が言い終えたと同時に、ばちん、と頭を殴る大きな音が響いた。モリエンテスがフォアキンの背後に回って、彼の頭を平手で叩いたのだ。
「失礼しました」
 モリエンテスはブリストーに敬礼すると、フォアキンを引き摺って去って行った。
 ブリストーは腕組みして佇み、宙を睨みつけている。
 残されたケヴィン、キャリー、ボタンは立ち去るタイミングを逃してしまった。
「…お、おい…隊長はますます機嫌が悪くなったんじゃないか?」ボタンが小声で言った。
「ああ……そのようだな……」キャリーが同意する。
「どうしよう…」ケヴィンは誰にも聞こえないような弱々しい声で呟いた。


(それもそうか)
 と、ブリストーがフォアキンの言うことに一人納得し、すっかり機嫌が直っていることには誰も気が付いていない。

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