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幸せの在処


 ノックを二回。部屋の中から、誰、とも問わずに、入ってくれ、との声。ラリーは遠慮無くドアを開けた。最初に目に映ったのは、読書中のジョシュア。次に、机の上にある、手のひらサイズのクリスマスツリー。雑貨も、戦闘機も、核兵器も、何でも用意出来るんだな、国境なき世界という組織は。
「ラリー」ジョシュアが本を閉じる。
「少しだけ、いいか?」
「ああ」
 部屋にあるイスはジョシュアが座っている一つだけ。ラリーは机の端に寄り掛かった。
「どうした?」ジョシュアが訊く。
「あぁ…別に……。特に用事は、無いんだが」ラリーは手元のクリスマスツリー、その先端の星飾りを軽く突く。きらきら光る、金色の星。「……クリスマス・イヴだから」
 だから、家族と、過ごしたかった?
 今は甘える時ではない。感傷に浸る時でもない。それは、わかっているけれど。
 不安なのか?
 そうかもしれない。
 クリスマスツリーから手を離し、ジョシュアの方を見遣る。と、彼の表情が和らいだ。懐かしい顔だ、とラリーは思う。戦士の顔ではない。懐かしい"兄"の表情だ。自分は"弟"の顔になっているのだろうか?ラリーは小さく俯く。
「多分…ガキの頃、あんたと過ごしたクリスマスが一番楽しかった」
 両親と過ごしたクリスマスも楽しかったかもしれなが、覚えていない。何しろ物心がつく前のことだ。孤児院や学校のクリスマスは、つまらなくはなかった。けれど、大して印象にない。一人で星空を眺めていたか、一人でプレゼントに貰った本を読んでいたか、思い出すのはそんな光景ばかり。幼い頃から友達はほとんど作らなかった。傭兵になってからも、ずっとそんな感じだ。
 ジョシュアとのクリスマスは。
「…あんたがいて、おじさんとおばさんがいて」
 温かい部屋で、チキンとケーキを食べながら談笑した。大きなクリスマスツリーの前でサンタクロースからのプレゼントを開けた。中身は本。それが初めて読んだ旅行記だった。メリークリスマス。おじさんとおばさんが優しくハグとキスをしてくれた。ジョシュアも。甘えん坊だった弟は兄に飛びついた。兄は笑って弟を高く抱き上げてくれた。
 それはきっと、ごく普通の、ありふれたクリスマス。
 家族とのクリスマス。
 それが、幸せだった。
 小さな幸せが、嬉しかった。
「楽しかったよ」ラリーは口元を綻ばせる。
「そうだな」ジョシュアも微笑んだ。
 彼は視線を机の方に向けた。クリスマスツリーに。指先でそれに触れる。
「鬼神とのクリスマスは?」ツリーに視線を落としたまま、ジョシュアが訊く。
「あいつと?」ラリーの口から吐息と共に笑いが漏れた。「何もない。去年の今頃は、まだあいつと知り合ってなかったからな」
 もしも、今日までサイファーと一緒にいたら。
 どんなクリスマスを過ごしていただろう?戦闘がない日だったら、ヴァレー基地の連中は、クリスマスだから、と羽目を外しただろう。PJは彼女と仲良くやって、クロウ隊がそれを冷やかして、サイファーはそちらには目もくれず、黙々と食べ続ける。小柄で華奢な外見とは裏腹に、サイファーはよく食べる。食欲の鬼神に、食べ過ぎだ、と注意する自分。鬼神は、そうだね、と答える。答えつつ、食べ続ける。並んで食べてるこちらのペースはお構いなし。空でも地上でもマイペースが過ぎる、とんでもない相棒。
 もしも、の話。ただの想像。
 相棒との楽しいクリスマスは、これまでも、これからも、ない。
「なぁ…ジョシュア」
「何だ?」
「世界が変われば、みんな幸せになれるよな?」
 ジョシュアは答えない。顔を上げて、ラリーを見る。イスから立ち上がり、ラリーの体を優しく抱き締めた。
 温かかった。
 幼い頃は、こうして抱き締められると、寂しさも、不安も、悲しみも、"兄"の優しさと温もりに包まれて、消えていった。安心した。
 でも、今は?
「昔のように抱き上げてはやれないが」ジョシュアが苦笑する。
「…十分だよ。むしろ俺が抱っこしてやろうか?」
「結構だ。全く、でかくなりすぎだ」ジョシュアがラリーの背を軽く叩く。「さあ、そろそろ休め」
「ああ…そうする」
「メリー・クリスマス、ラリー」
 優しい。
 温かい。
 今は、何故かそれがどうしようもなく、悲しかった。

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