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夜景と詩集と俺と。


「お~、いい眺めですねぇ」
 眼前に広がる夜景。地上300メートルの景色。本日は晴天。視界良好。明るい街灯や輝くイルミネーションは、宝石のよう、といったところか。いや、宝石よりもずっと綺麗だ。街が電気の光で満たされてるということは、それなりに平和ってこと。平和は善きかな美しきかな。カルロスはソファ席に腰掛ける。ふかふかソファ。座り心地も良好。戦闘機の座席もこのくらいの座り心地だったら快適なのにな。居眠りしてしまうかもしれないな。
 さておき、とローテーブルに用意されているメニューを手に取る。まずはドリンクだ。カクテル、ワイン、ウイスキー、ビール、ソフトドリンク……。メニューが豊富で目移りしそうになるが、今夜はこれ、と来る前から決めている。いざオーダー。と、行きたいところだが。
「隊長、そろそろ座りません?」
 今夜のデートの相手(と言ったら、本人には難しい顔をされる)ジョシュア・ブリストーは、まだソファの後ろに佇んでいた。折角の夜景ではなく、屋内の様子を眺めていた彼はカルロスの方に視線を落とした。眉間には深い皺が刻まれている。気弱なショアが今のブリストーを見たら、隊長が怒っている!と震え出すことだろう。でも、今は怒っているわけではないので大丈夫。見分け方?うーん、フィーリングとしか。カルロスは、にこり、と微笑む。
「ほら隊長、ここ、座ってくださいよ」空いている隣を、ポンポン、と叩く。
 ブリストーは小さく溜息を吐いて、苦笑した。ほら、怒ってない。
「中年男性二人で来る場所ではないようだが」彼は言った。
「そんなことないですよ?」
 確かに、このタワーの展望フロアのカフェのここ、窓側ソファ席は定番デートスポットで、利用者の9割は男女のカップル、残り1割は女子会、男性のみの利用者はほぼ皆無だ。今日も他の席は全て男女カップルで埋まっている。けれど、男性お断りの場所ではない。むしろ男性も歓迎、多分歓迎。もちろん年齢制限などあるはずもない。だから恥ずかしがることなく、堂々と利用するべきだ。
「さあさあ」
 カルロスが再度促すと、ブリストーは漸く観念したようで、ソファに腰を下ろした。カルロスとしては、今すぐブリストーを抱き寄せたいところだが、それをやったら流石に怒って帰ってしまうかもしれない。人目のあるところでは恋人同士のようなスキンシップは許してくれないシャイな隊長だ(と言ったら、本人にはシャイではないと否定される)まあ、恋人とは少し違うから仕方ないか。それでも、こうしてデートには付き合ってくれるわけだから、気がいいというか、優しいというか、愛を感じるというか。
「隊長、愛してます」
「知っている」
「キスしていいですか?」
「駄目だ」
「じゃあ、また後で」
「いい景色だな」
「ですよね~。戦闘機から見えるのとはまた一味違っていいですね。程良い高さですし、落ち着いてゆっくり眺められますし。いい雰囲気なので、抱いていいですか?」
「駄目だ」
「あはは、ブレないですね。そんな隊長が好きですよ。でもブレてもいいんですよ?あ、何か飲みます?」
「お前と同じ物でいい」
 そう言うと思った。カルロスは、ラジャー、と返事をして、カクテルをオーダーする。ふう、と一息吐いて夜景を眺める。BGMのジャズ・ピアノが一層柔らかな空気を醸し出してくれる。これぞロマンチックですね?
「手、繋いでもいいですか?」
 黙って繋ぎたいところだが、そうしても黙って振り解かれる確率90パーセント以上。さらに手を叩かれる確率は、どのくらいだろう。高くもないけど、低くもない。
 返事を待つ。
 その間に、瞬きを2回。
 綺麗な夜景だ。
 返事は?
 ない。
 ない?
 カルロスはブリストーの方に視線を向ける。と、彼は夜景そっちのけで文庫本を読んでいた。読書が趣味のブリストーはいつでも本を持ち歩いている。それは知っている。けれど。
「隊長」
「何だ」
 ブリストーは本から視線を外さない。
「何読んでるんです?面白いですか?」
「詩集だ。面白い」
「夜景と詩集と俺と、どれが一番面白いですか?」
「難しい選択だ」
「難しいんですか」
「ああ」
「あ、答えなくていいです。ちょっと聞きたくないです」
「そうか」
「カクテル来ましたよ」
「そうか」
 ブリストーは本を閉じた。やっと閉じてくれた。本にはいつも嫉妬を禁じ得ない。本になりたい、とまでは思わないけれど。
 乾杯をして、グラスを傾け一口飲む。そして、ブリストーはまた本を開いた。
 やると思っていました。わかっていましたとも。そろそろ10年くらいの付き合いですからね。マイペースな貴方が大好きですよ、隊長。キスしてしまおうか?
「あと3ページだけ」ブリストーが言う。
「いいですよ。いいですから、後で俺のお願いも聞いてくれます?」
「断る。私のはお願いではない。宣言だ」
「うん、そうだと思いました」
 後で、あと3ページ読み終わったら、お願いも宣言もせず、黙って本を奪ってブリストーにキスをしてやろう、とカルロスは心に決めた。

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