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単純計算


 テレビをつけると、数式が目に飛び込んできた。教育番組らしい。数学か化学か物理か、内容はわからない。把握する気はなかったから、すぐにまたベッドに寝転がった。中年の男性講師の早口は呪文にしか聞こえない。
「こーいう単純な計算で片付けられたら、いいんだけどね」隣にいるフォアキンの声が降ってきた。
 彼は続けて、問題の解答らしい数式を呟いた。直後、テレビの中の講師が早口で同じ数式を言った気がする。とても単純な計算のようには聞こえなかった。
「正解?」ジェイは訊いた。
「正解」
「さすが」
「どーも」
 フォアキンはその後も出題された問題に答えていった。全て解答が提示されるより先に。正解かどうかは、もう訊かなかった。きっと正解だろう。
 煙草を吸いたくなったので、ジェイはベッドサイドに手を伸ばす。手探りしながら、フォアキンに訊いた。
「片付けたいことって、何ですか?」
「めんどくさいこと」
「ブリストー隊長絡み?」
「うん」
 煙草はセックスの前にそこに置いたと思ったけれど、しかし手応えはない。渋々目を向けると、何もなかった。溜息を吐いて、視線をフォアキンに戻す。いつもどおりの微笑。果たしてテレビを楽しんでいるのか、つまらないと思っているのか。どんな感情を抱いていても、彼の表情はいつもこれ。
「人間は単純計算できないから、面白いんだけどさ」
「けど、面倒臭いですよね」
「そーいうこともあるね」
 ジェイは目を閉じた。呪文のせいでますます眠くなってきたのに、眠気覚ましの煙草はなかった。
 微睡みながらジェイは考える。
 フォアキンの頭の中では、面倒事を片付ける数式が出来上がって、答えを出している。賢い彼にとっては、数字も人間も同じだ。最も簡潔な方法で、正解を導き出す。でも、正解が最良とは限らない。だから、人間は面倒臭い。
 テレビの音が消えた。
 ジェイは目を開ける。間近にフォアキンの黒い瞳。唇を重ねられて、ジェイはまた目を閉じる。
「あんたも、」唇が浮いた隙に、途切れ途切れに呟いた。「面倒臭いよね」

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