>> Sweet Dreams > 01 / 02 / 03 / 04 / 05 / 06 / 07 / 08 > site index

BACK INDEX NEXT

6)ろくでなしの前夜祭

キャバ嬢送迎のアルバイトが板につきはじめ、昼夜逆転の生活に身体が慣れだした頃、生活に追われてパソコンを開くことを億劫に感じていた。面倒と不安が混在している為、なるべく離れていたかったからだ。しかし、就活は避けては通れぬものであり、少々恐々でメールをチェックした。『何でも良いから面接』と思う気持ちの中、ほとんどが、ショッピングサイトの広告メールばかりだったが、そこに埋もれるように1通のメールの件名があった。

『選考結果のご連絡』

何度も件名だけを目で追った。
ただ、開ける事が躊躇われた。
まぁ、ここで俺が何かが決まるわけじゃぁないし、終わったわけでもないしな。
ヘンな考えで自分を勇気付けてから、えいやっとばかりにクリックをしてメールを開いた。
そこには見慣れぬ文字が並んでいた。
『……当日は面接と適性検査を行います。履歴書・経歴書・筆記用具をお持ちになり……1階受付にて、IDカードを発券し……5階にて…』
何度も読んだが、理解するまでに数分を要した。
そして、「あれ…? とりあえずは面接できるのか??」と、思うと素直に嬉しくて拳を突き上げて叫んだ。
と、つかの間、言い知れぬ不安が過ぎった。

就職活動を甘く見ていたつもりはなかったが、それでもこの現実はきつかった。
そこへ降って沸いたような「求人情報」に最初は小躍りしたが、今では不安の方が大きい。
なにせ、面接までこぎつけるのに一苦労なのだ。
レジュメを送っても断りメールがむなしく送られてくるだけ。
何が悪かったのかも判らねぇ。
「…検討した結果、誠に残念ながら貴意に添えない結果となりました」
そんな決まりきった一文が送られてくるのに慣れてしまう日常だ。

だからって手を拱いているわけでもなく、考えられる限りは尽くしていると思う。
若い時には考えもしなかった『ハローワーク』での就活。 …こんなに、難しいなんて思いもしなかった。
見つけて連絡しても面接なんて夢の夢。たいていは応募が多くて「履歴書をまず送付」となるのだから。

疲れたと言ってグチでもこぼしたいと思うが、それもままならない。
なにせ、この状況を作り出したのは己自身だから。
まぁ、多少はあの顔だけはイケメンの優柔不断男のせいでもあるのだが…。
少し気弱になった俺に睦月からのメールはまさに夢のようなメールだったが、今ではなかった方がよかった…なんて思っちまう。

―――しかし、だっ!!……コレはないだろう?
「お〜い、誰か枝豆持ってきたぁ?」
「発泡酒だけど多めに買ったぞ〜」
「…なんでぇ、いつきんちの冷蔵庫、なんもねぇぞ」
「あいつ、男と別れた途端、メシつくらねぇヤツだから、なくて正解!」

―――って、これはいったい?……明日は面接なのに?

「おい、いつき。早く並べろよ! から揚げとイカリングがそこにはいっているだろ?」
「……」
「いつき〜割り箸どこぉ〜」
「……」
「あっそうだ! 魚肉ソーセージ買って来たんだ!」
「おい、マヨがねぇ、大事なマヨが……」
「……なぁ、なんでお前らここにいんの?」
俺は地を這うような低い声色で言ってみた。

「「「……」」」

なのに、特に気にした風もなくサラリと睦月が返事を返した。
「えっ、何でって……面接決まったんだろ? お祝いに決まってんじゃん!」
「…いや、まだ採用されてねぇし」
「いやぁ、好きな男の職場に就職かぁ〜」
「ほんと、ほんと、羨ましいなぁ」
「ほんとだねぇ〜」

―――人の話を聞けよ、お前ら。
こられりゃアレだな。
アレな訳だな。
「ただの言い訳だな…飲み会の口実にされただけだな」口に出すのも腹立たしい言葉を睦月が声に出しやがった。

「あのさぁ、俺、面接決まったってだけだしぃ、採用されてねぇのよ?」
一応、まともなことを言っとくことにした。
「緊張してんでしょ? ほぐそうね〜」
(いや、いや、ある程度の負荷は必要です!)
そこで、いつになく真面目な面をした小泉が「いいから、飲んどけ」といって安い発泡酒のプルタブを外して手渡してくれた。

「……」

結局、俺は手渡された発泡酒を一口飲んだ。
―――――まぁいいか。
なんだか考えるのも面倒で、履歴書を改めて書く段階でフリーズ状態に陥って、おまけに復活の兆しすら見えなかった俺が睦月たちに当り散らしても仕方がないわけだし…。今更、書き直す知恵もねぇし。

考え出すと負の連鎖にはまり込んで身動きが取れない状態に陥ってしまっていたのだが、苛立って彼らに腹を立てるのもお門違いなわけだ。くどくど考えるのも面倒だ。

数日前までグダグダな毎日を送っていた俺の元には、お祭り好きな友人どもからのお誘いも途切れ、睦月からの連絡もパッたりとなかった状態だった。奇妙な静寂の数日間が訪れたのだが、鼻が利くと言うのか、しばらく音沙汰のないなぁと思っていたら、勝手に俺の家に集合していて、この有様な訳だ。

「なんだよ、いつき。お前まさかコレ着ていくつもり?」
「えぇ、ドレドレ?」
「いっちゃん、リクルートスーツ買ったの?」
「…おいおい、お前の歳でソレかよ?」
――――――なんで、『ダメだし』なんだよ? ほっとけ!

『よっちゃんイカ』を口からはみ出したまま喋りだした睦月が眉間に皺を寄せながら言った。
「お前…こんな地味なスーツ。本気で着ていくんじゃねぇよな?」
(…いえ、いえ、本気もなにも、マジですぜ?)
「お前の口下手も大概なもんだが、このスーツの地味さ加減もハンパねぇぞ?!」
「いっちゃんてさ、見かけは結構イケメンの部類じゃん。なのに、着る服ときたら…ウルトラ地味だよなあ。それに仕事以外は無口に近いし…あぁ、面接不安!」
見繕ったスーツは派手好みの連中から見ると地味さ満開なんだろう。
「…面接なんだからさ、それぐらいでちょうど良いんだよ」
俺は指摘されたスーツの袖を触りながら、ややトーンダウンした口調でそう言った。
 すると、おちゃらけた浅田が「いつも思うんだけどさ、いつっちゃんって自分のことあんまりよくわかってないんじゃない?」と、鳥のから揚げにかぶりつきながら言った。
「わかっていたら、あんな男に引っかかることもないんじゃねぇ?」と、小泉が相槌を打った。
「…それとこれとは話は別だろ? 俺の安定がかかっている面接なんだよ。目立たないのがミソなんだよ!」
と、俺は根拠なしの言い訳を口にした。

「ネクタイもこの紺色?」と、睦月。
「そうだよ!」
「…お前…新卒じゃないんだから、紺×紺の組み合わせはねぇよ」睦月のダメだしが出てしまった。
「うぅ……」
「前に着ていた…アレ。チャコールグレイの無地のやつがあんだろ? 濃紺でもいいけど、お前には似合いすぎて、印象薄すぎ! それと、ライトブルーかサックスのクレリックシャツにしろ。それに古いけどシルバーのネクタイ持っていただろ? 小紋柄のやつだよ」と、睦月が捲くし立てた。
こういうときの睦月は、怖い!
俺は逆らわないように気をつけながら、かつ、さりげなさを装って返事を返す。
「…みんな、あるよ」
「当たり前だ、で、靴は?」
「さっき磨いた黒のプレーントゥだけど…」
「まぁ、それでいいか」
―――何が、いいんだか……。
ファッションに興味があるという括りだけでは説明のつかない睦月のマニアっぷりに、反論のすべは俺にはないので、黙ったまま準備することにした。

「いつきのタンスの中ってさ、睦月がお見通しなの?」
小泉の疑問はもっともだ。
「…あいつが買った服は3000円以下のモノだけ。それ以外はみんな睦月のお見立てだからな」
「……こいつのラインナップ、そりゃ、お前……とてもじゃねぇが人には言えない品揃えになるぞ!」
「……」
「ひゃ〜みてぇ!」
「じゃぁ、ある意味『イチゴ柄のスキャンティ』ってビンゴだったわけぇ?」
「ぎゃ〜はははは」
「……うるせぇ、黙れバカ!!」
もうそこからは俺の服装がいかにイカレポンチなのかという講義から始まって、酒の肴は俺のタンスの中身だった。
明日は重要な面接なのに、この有様だ。
「受かる気もしねぇ」
俺は、足りなくなった氷を買い足すべく出かけようとした時、睦月が「面接、3時からだったよな?」と突然、真顔で声をかけられた。
「あぁ? そうだよ、それが――」
「明日の午前中には帰るからな。……みんな、明日は休み取ったからさ」

俺はその言葉を聞いて不覚にも泣きそうになった。
明日は月曜日だ。
休み取ったのか……みんな。

「泊まってけよ、ろくでなしども」
と俺は、小さな声で返事を返し、ドアを空けてコンビへ買出しに出かけた。

BACK PAGETOP NEXT

Designed by TENKIYA