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8)恋は胃袋から

言われた言葉が、理解できなくてそのまま彼について行ってしまった。
なのに、この展開は…ありえねぇだろ?
大人だよ? 大人なんだよ? 
大人だったら「カヌレ」食ってる場合じゃないでしょ?

小さなダイニングテーブルの上には先ほど入れられたココアが鎮座しつつ、『昨日作ったばかりだから旨いよ』っと、言われて差し出された「カヌレ」が5つ……俺は借りてきた猫のようにテーブルに座って「カヌレ」を食べていた。
―――――そういや「カヌレ」って昔ブームになったよなぁ。
しかし、これは絶妙に美味かった。
固い外側ともちもちの内側が絶妙で、甘さも抑え目で食べやすかった。
皿おかれた5個ぐらいは十分に食べ切れるように思えた。

 渋谷はキッチンから俺を値踏みしつつ、入れたてのココアを飲んでいるだけでこちらへ来るそぶりすら見せなかった。
ココアから立ち上る湯気から見つめてくる目には気色ばんだ色すら浮かんでいなくて、それが妙に引っかかった。
『下心がない男』に出くわしたこのないのが俺の経験だったので、この展開がありえねぇ、訳だ。
『大体、下心なしで俺を呼ぶはずもない』と思っているわけだが(どんだけ自分を低く見積もるクセがあんだよ?!)そんな雰囲気を醸し出しても、渋谷の態度は変わりなかった。

「入社した切欠は『遠藤さん』?」
唐突にカップ越しに質問をしてきた渋谷が近づいてきた。
口に入れた「ココア」を吐き出しそうになるのを必死でこらえて飲み込んで、動揺を隠しながら彼の顔を見るとまんざら、冗談で聞いている風でもなかった。
「さぁ、どうでしょう?」
「君、隠し事下手だよね〜」と笑いながら言われて恥ずかしくて俯いてしまった。
――――――失敗した!!
 まぁ、俺のポーカーフェイスは『仲間うち』には効かないことは百も承知だけどね。ということは…お仲間だったってこか。

警戒していたわけではないが、安堵したことは事実だ。
「別に、それが目当てってことはないですよ。
これでも、人生設計をなめてるわけじゃないんで。それなりに、歳もくってますし…」
「それは、すまなかったね。悪く言ったわけじゃないんだ。最初のうちは君、目で探してたからね、気になっちゃって…」
「……」
―――――そんなに探していた?
自分ではそれほど意識はしていなかった。
なんだか、想像もしていなかった自分の人生に驚きつつも、自分の『恋』の展開を壮大に繰り広げる事ができるとは夢にも思っていない。それが『現実』だと思うので。
ただ、多少なりと「夢」ではないが「期待」はしていたが、忙しさがそれを記憶のどこかに置き去りにしていた恰好だったのだ。だから、探していたのかどうか記憶が定かでないのだ。
情熱は現実に太刀打ちできなかった、ってのが真実だと思う。
極力、逆に見ないようにしていたこともあったのか、それとももともと縁がなかったのかは今ではわからない。
それほど彼とは接点らしさは毛ほども存在しなかっただけの話。

「で、あきらめたの? それとも…」
「諦めるもなにも…」
「…何も?」
「そんなじゃないんですよ、まぁそれが切欠で就職できたんですから、俺の第一印象は間違ってなかったってことですけどね……いい職場でよかったって」
「ふ〜ん、そう。で、仕事にはやりがい感じてるんだ?」
「ええ、まぁ…お客さんから直に反応がある職場だし…なにより…」
「…?…なにより?」
 「なにより、甘いものが好きなんで」
そう正直に話すと渋谷はココアを眺めながら破顔した。
「そりゃぁ、よかったね」
年もそれほど離れているわけではないと思うのだが、なんだかものわかりのいい好好爺なものの言い方に不思議な感じがした。それから、特別話すことなく不思議な時間が流れたが、嫌な時間ではなかった。

居心地のいい時間を突き破るように突然、玄関口のドアがいきなり「ガチャ、ガチャ」と激しく音を立てた後、突然扉が開いて騒がしい音とともに若い男が入ってきてた。
そして、こぢんまりとしたダイニングキッチンに座る俺と対面キッチンに立つ渋谷を交に目線を送った後、開口一番「…へぇ、もう男連れ込んだの?」と、厭味ったらしく言われた。

若さだけが取り柄なトリ頭のイケメン兄ちゃん(あくまでも俺の主観だ)が俺をガンみしながら更に悪態をつくと、渋谷がすかさず、男をたしなめた。
「お前といっしょにするんじゃない。俺の新作を取りに来てもらったんだ」
手厳しい内容の言葉にも若い男は動じずどこ吹く風といった態だった。
俺としては「取りに来た覚えはなかった」が、常々大人の対応を心掛けてきた俺はその言葉に何の返答も返さなかった。
ただ、『開口一番のあの態度は大人としてどうよ?』と思ったのは事実な訳で「失礼なガキだ」と、ちょっとムッとしたことは間違いない。
失礼な態度の若い男はどう考えても、渋谷の元恋人のようで、いまだに未練があるように見えた。
「で、何しにここへ?」
「……ちょっと、忘れ物」
バツが悪かったのかさっきの勢いはどこへやら「いくつか荷物を…」と、いいつつ奥の部屋へ入っては出たりを繰り返していた。
「何もなかっただろ?」
やや冷たい物言いの渋谷が聞くと、聞こえなかったフリをして玄関近くに置いてあった「煙草とライター」を乱暴につかみ「これを取りに来たんだよ!」といった。
―――『ただの100円ライターじゃなかったか?』
 理由が欲しいためにおいて行ったとしか思えない「品物」だった。
内心、くだらないと思ったが、うらやましくもあった。そんな風にできていれば、今までの恋愛は違ったものになっていたと思えたからだ。不穏な空気が流れ出して、この場に似つかわしくない自分を感じてしまい、いたたまれなくなり思わず声を上げた。
「あの〜…俺、帰ります」思いのほか、ハリのない弱弱しい声色になってしまった。
既に心は玄関に向かっていたので、そのままジャケットをつかんで玄関へ急いだ。すると、渋谷が、意外な言葉を言った。「あ〜、忘れ物だよ!」
「…?…」
忘れ物などないはずで、半信半疑で振り返ると、やや皺のよった茶紙の紙袋を突きだされた。
「持って帰って食べるんだろ? この『タルト』」
「…えっ、俺も食う!」
 「ダメだ」若造が、横から口出しをしたが、渋谷がぴしゃりとはねつけ「お前、『無花果』嫌いなんだろ?」と言った。
「それって……いちじくっ〜ぅ? なら、いらねぇ」
特に不快だとは思わない二人のやり取りを聞きながら、茶袋を開けて中身を見た。
ラップに包まれている『タルト』が三切れ入っていた。
はっきりとは見えないが、濃い茶色と暗い黄色の塊が見えた。袋を覗き込んでいる俺に向かって渋谷が話しかけてきた。
「『チョコレートタルト』だ。無花果と杏子のセミドライフルーツを入れてある。甘そうに見えるけど、杏子が甘酸っぱくてちょうどいいと思うよ。まぁ、見栄えはあまりよくないけど、味は保証つき」
握っていた紙袋を直すしぐさをしながら「紅茶と一緒に食べるといいよ」と言い添えられた。
「…ありがとうございました。では、明日仕事場で」と言って扉を開けてさっさと帰った。
これ以上の長居は無用だ。どんなトバッチリがくるかもしれないからなぁ。
思いのほか早くに家に着いたので、もらった『タルト』を開けてみてみると言われた通り「地味」な見た目の菓子だった。
ラップに包まれたままのタルトだったが、1つを白いケーキ皿にのせてしげしげとながめた。
 
「新作かな?」 そう思ってはみたが、店では販売できないだろうと思った。あまりにも地味だからだ。
店ではカラフルなものが主体でタルトもミックスベリーが大盛りだったり、女の子が好きそうなバナナのキャラメルソースがけだったりと、見た目が派手なものばかりだ。
それはそれで良いと思うのだが、渋谷が作った今日菓子には少々驚いた。
いや、驚いたというより想定外だ。
 しかし、これは見た目の色が店のコンセプトにあってないが、俺はどちらかを選ぶのなら、これがいいと思えた。
しかも、味はバツグンだ。
「……これが店先にならばねぇのは損だよなぁ」
俺はそう一人ごちながら、今日何個目になるのかも分からないケーキを夜食がてら食べた。

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