哀縄奇譚
MASAYO:作

■ 第一話 有希子1

私は一本の縄です。
本来なら荷造りをしたり、荷物を縛ったりと
日常の中でありきたりに使用するありきたりの縄でしかありません。
ただ、私の場合ご主人様に少しばかり風変わりな使われ方をされてます。
私のご主人様は今年四〇歳になる世間で言うところの売れない小説家です。
本人は一応直木賞を狙っているのらしいのですが未だ候補に挙がったこともありません。
ただ、ポルノって言うのですか、Hな小説を書いて収入を得てます。
私はそんなことに才能を浪費するより本来の小説に力を入れた方がいいと思うのですが、
人間は夢だけを食べては生きてられないらしくて…
それになんと言ってもご主人様って部類の女好き! 趣味と実益ってやつね、
もっともそれが奥様に逃げられた原因でもあるのだけど…
今日はそんなご主人様が出会った女性達を紹介させていただきます。

第一話 有希子

1 出逢い

有希子さんって人妻なのにとってもみだらで激しいの、はじめて見たときは上品な奥様って感じで「清楚」と言う言葉がぴったりだったんだけど、ベッドの上ではこれでもかって言うぐらい貪欲になるの、女って見かけだけじゃわからないわね、もっとも私も女だけど…あら、縄にも男と女があるのよロープとかワイヤーは男、麻縄とか組み紐は女、別に広辞苑に載ってるわけじゃないわ、でも女の私が言ってるんだから間違いないでしょ。
それはともかくその有希子さんのこと、人妻なのにとってもみだらで…あ、これは言ったわね、ご主人様が有希子さんと会ったのは昔流行ったダイヤルQ2の伝言ダイヤル、今で言う出会い系サイトってやつね、そこに登録したら有希子さんからメッセージがあったの、かなり警戒してたのは話し方でわかったわ、声も小さく、おずおずって感じで、それでこの人はQ2のヤラセじゃないって思ったの、その頃よくあったのよQ2のスポンサーが雇った人がいかにも素人に見せて電話をかけさせ利用料を稼ぐっての、有希子さんはそうじゃなかったわね、つまりご主人様「当たり」を引いたのよ。
何度かQ2を通じてメッセージのやりとりをしたの、たとえば今日買い物に行くとき下着はつけずに行きなさいとか、夜中の十二時に月を見ながらオナニーをしなさいとか、いわゆる「調教メッセージ」っての、そういうことを何度かした後自宅の電話番号をメッセージに残したの、すると三日ほどQ2にもメッセージが無く電話もかかってこなくなったの、ご主人様タイミングに失敗したかなってあきらめかけてたら四日目に自宅に電話があったの、あのおずおずとした口調で…、ご主人様ガッツポーズしてたわ、私笑っちゃった。
結局有希子さんの旦那様が来週の水曜日まで出張だということでその次の日曜日に会うことになったの、別に暇だから次の日でもよかったんだけど「原稿の締切が迫っているので」
なんて、もっともらしい理由を付けてもったい付けてるの、もう見栄っ張りなんだから。
そしてその日曜日の昼下がり秋の真っ青な空の下会ったの、もちろん私をバッグにしのばせてね、文字通り「昼下がりの情事」ってやつ?、あら、ごめんさいちょっと古かったわね。
有希子さんって顔立ちはどちらかと言えば美人じゃないわね、でも決してブスじゃないわよ、なんて言うのかしら「男好きのする」っていうのかな…鼻筋の通ったキリリっとしたというんじゃなく、そう! 癒し系! その言葉がぴったりね、一緒にいると相手をふんわりとした気分にさせるの、背はそうね一六〇センチちょっと切るぐらいかな、高級そうな鶯色をした丈の長い三釦のジャケットスーツに白いブラウスを着けた彼女は肉付きは良いけど決して太くはなくて、三〇歳代半ばにしたらかなり良い「からだ」をしてたわね、二十歳の張りつめたような身体も良いけど、ご主人様の好きなのはどちらかと言えば有希子さんのような肉感のある方が好みなのよね、ご主人様の舌なめずりが聞こえそうだったわ。
とにかくお茶でもと言うことで近くにあった喫茶店に入ったの、ガラス張りで外が見えるような明るいところを選んだのは相手の警戒心を解くためと相手をよく観察するためね、この探究心を小説に生かしたら直木賞も夢じゃないのにっていつも思うんだけど…。
ご主人様が有希子さんを気に入った理由の一つに声があるわね、すごく優しい声で話すの、まさに鈴を転がすと言う表現がぴったりね、
あと、人の話を聞くときに濡れたような目で見つめるように聞くので、「うっとりと聞いている」という風で、話す方からすればますます多弁になってしまうのよね
二人は最近見た映画の話とか、趣味の話、昔行った旅行の話と、とりとめのない話でうち解けた後ご主人様が買い物につき合ってと頼んだら有希子さんもついでがあるらしく銀座にある某有名デパートに行くことになったの、その頃には有希子さんの警戒心もかなり解かれてたわ。
買い物はご主人様は有希子さんにコーディネイトして貰ってカシミアのセーターとコーデュロイのスラックスを買い求め、有希子さんは修理に出していた時計を受け取りにいったの、ご主人様がめったに銀座に来ることもないので景色を見に屋上へ行こうってことになってエレベーターに乗ったの、私そろそろ口説きモードねって感じたわ。

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