アイノカタチ
白楽天:作

■ 2章「調教開始」4

フゥーっと、吸い込んだ煙草の煙を空に向かって吐き出し、章介はベランダの手すりに腕を乗せ寄りかかりながらケータイの画面を見る。
そこには佳奈が羞恥と快楽に身を侵されながら章介の愛撫を受けている写真が映し出されていた。
先刻にリツコから送られてきたメールに添付されていたもので、メールの文面には一番上手く綺麗に写っていたものを送る、残りの写真などはパソコンのほうに送っておくとあり、メールを下にスクロールすると最後に、
『P.S.私のあげたモノ、しっかり磨いて大切に扱ってね。じゃないと章ちゃんに鞭と蝋燭あげちゃうわよ』
と、いかにもリツコらしいお道化を含んだ一文も付け加えられていた。
送られた写真を楽しみつつも、リツコの“粋”な追伸に苦笑を禁じえなかった章介は、少し休憩しようと煙草と灰皿を持ってベランダに出て、今に至る。
(しかしまぁ、改めて見てもなかなかの原石だよな)
肌を薄っすらと桃色に染め、羞恥と快楽に身を焦がす様は何度見ても飽きないような気がした。
まずはゆっくりと。快楽を教えていきながら、そして愛奴へと導いていく。
それが、章介とリツコの考えた調教方法だった。

この次はどうしようか。羞恥心を煽りつつ快楽に屈服させようか。
なだらかな白い肌に鞭や蝋で赤く刻印を残すのも悪くないかもしれない。
思案を巡らせるだけで、体中の血液が熱くなり興奮しているのが自分でもよくわかる。
(まるで欲しいおもちゃを目の前にした子供みたいだな)
三十過ぎてるのに、とうっすら口元に苦笑を浮かべて自嘲的に呟き、再び煙草をくわえた。

トゥルルル、と前触れもなく手の中のケータイが面白みもない内蔵の着信音を上げる。
リツコや知り合いからの着信では鳴るはずのない、その典型的な音を上げ続けるケータイの背面ディスプレイには、知らない番号が表示されていた。

「はい、丸山です。」
誰だか分からない電話に、とりあえず事務的な抑揚のない声で出る。
「あ、あの……私です。島田佳奈です……」
小さい、だがしっかりとした口調で佳奈は答えた。
電話の相手がまさかの“おもちゃ”であることに章介も喜びを隠せなかった。
顔が見えるわけでもないのに自然と口元がほころび、表情も声も柔らかになる。
「あぁ、佳奈か。どうしたんだい?」
「あ、いえ……特に用はないんですけど……」
佳奈の口調も章介に誘われるように最初の竦んだような風はなくなったが、途中まで言いかけたところで本当に用があるわけでもなく電話をしてしまったことに気付いた。
「……なんとなく?」
「………………はい……」
電話越しでも章介が不思議そうにしているのが佳奈にも感じられるような気がした。
佳奈自身、何故自分が電話をかけたのかがいまいち理解できず、ただ素直にそう応えるしかなかった。
ククッと噛み殺すような笑い声が聞こえて、ますます佳奈は所在無さと恥ずかしさを感じてしまい二の句が告げない。
「佳奈からの電話なら俺はいつでも歓迎するよ。この番号はプライベートだから仕事中は残念ながら繋がらないけどね。」
章介はそう言いながら灰皿に煙草を押し付けて火を消し、部屋に戻りパソコンに向かう。
「電話が繋がらないときはメールを打ってくれれば後で電話するから。」
ケータイを左肩と耳で押さえながら、書きかけのワードファイルに取り掛かった。
カタカタカタとキーボードを叩く規則的な音が佳奈の耳にも届く。
「あ、お仕事中だったんですよね…すみません。忙しいときに……」
「いや、問題ないよ。そんなに考え込まなきゃいけないようなものじゃないんだ。電話しながらでもできる。」
そんなさりげない一言に章介の優しさが感じられ、気恥ずかしくてすぐに切ろうと思っていた意味もなくかけた電話も悪くないかも、と佳奈も頬を緩める。
「もっとも、佳奈が教科書に載ってるような古文を朗読しなければの話だけど。」
「え?」
「古文は読んでると眠くなるんだ。一番嫌いな教科だった。」
章介の突然の冗談につい首を傾げてしまい、そのあとの困ったような口調に佳奈も小さく笑みを漏らした。


そうして、章介の学生時代のことや佳奈の学校のことをお互いに話して、章介は時々冗談を交え、佳奈もそれに答えるように話を弾ませ、1時間ほど経ってから電話を切った。

もう迷いはない、と佳奈は確信した。
(章介さんは優しくてステキな人……)
(章介さんの彼女なら……)
沈んでいた気持ちも晴れ自然と笑顔になる。
明日はどの服着ようか? ジーンズかな、スカートもありかも。
髪は? アップにしようか、それとも下ろそうか。
逸る気持ちを抑えながら、バッグを胸に抱えて自室へと向かった。

カチカチカチと、島田佳奈と入力し、先ほどの電話番号を登録する。
(予想外だったが……嬉しい誤算だったな)
ワードファイルを保存し、CDに焼き付けながら煙草を咥えてベランダに出る。
(明日……いや、明日からが実に楽しみだよ、佳奈)
ライターの火が章介の顔をわずかに照らす。
その眼には怪しげな強い光が浮かんでいた。

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