姉との生活
紅いきつね:作

■ 3

ロメリア王国
地形:ヨーロッパ南部に位置し、ピレネー山脈の一角の海抜500メートル高原地帯。といっても高原は国土の3分の1であり、大部分を山と森林と湖、沿岸部が占める。
面積:約20万平方メートル
人口:40万人
気候:夏涼しく、冬暖かい
産業:観光が主産業だが、牧畜、ワイン、記念切手の発行。またスイスと並び手作りの時計が有名であったが、現在は後継者が育たず衰退気味である。
小国ながら数世紀にわたり単一の王政を維持。国土が山脈と海に挟まれていることと、歴代王家の外交手腕がずば抜けて優れていたからだ、とも言われている。
現在の国王はフリードリヒ3世。だが79歳と高齢であり、時期国王は誰になるかという事が国民最大の関心ごとである。

「……という事だがお解かり頂けたかな?」
俺達はケンプフェルとかいう空母のブリーフィングルームだかなんだかでシュバルツ中佐の説明を受けていた。
「……で?」
「……で、とは?」
「だから、そのロメリアとかいう素敵な国と俺達がこんなところまで拉致されたのにどんな関係があるかとお聞きしているのですよ」
「ふむ」
中佐は姉ちゃんに視線を向けた。
「これには姉君の出生に深い関わりがあるのだよ」
いきなり振られて姉ちゃんは「え?」という表情を浮かべた。きっと夜中に叩き起こされて眠いんだろうなあ。8時間は寝ないと駄目な人だから。
「あなたのお母上はロメリア王家の血筋なのです」
「はい?」
思わず二人でハモってしまう。
「それも直系の血筋です。フリードリヒ3世陛下にはお子様が2人いらっしゃいました。本来ならば次期国王にはご嫡男であらせられるコンラート殿下がなられる筈でしたが、公務中の航空機事故によりお亡くなりになっております。もうお一人があなたのお母上であるカーテローゼ様なのです。」
あまりの事に俺はぽかーんとなってしまった。
「カーテローゼ様は我が国を旅行中であった日本人男性と偶然出会い、王位継承権を捨て結婚する決意をなさいました。そしてお生まれになったのがあなたなのです」
「えーと、その、つまりどういう事なんでしょうか」
「つまりですね、今現在ロメリア王国王位継承権のトップにいらっしゃるのがあなたということですな」

おういけいしょうけん
俺の人生に全く縁のない単語だ。
とおもったらほかでもないねえちゃんがそのおういけいしょうけんのとっぷらしい。おもわずひらがなになっちゃうよ。
「我が国は確かに小国ではありますがさすがに一国の国王ですから、なりたがる方は多いわけですな。コンラート殿下がご存命のうちはどうしようもないわけですがお亡くなりになってさあチャンスだ! と思ったら実は姫殿下がいらっしゃったというわけで裏では大騒ぎになっております。ですので中には姫殿下に消えていただければ万時うまくいくと考える輩もおるわけでして。」
「……だから姉ちゃんを殺しちゃえと?」
「端的に言えばそうなるな。実を言えば姫殿下の暗殺計画が複数同時進行しえいるとの情報もある。だから今回はいささか強引な手段を使って保護したわけだ」
「いささかじゃねえだろ」
「えと、でも私生まれたときから日本人ですし、日本語しか話せませんし、あ、でも英語はちょっといけるんですけどね。と言いますかそもそも王位なんて興味ないんですけど……」
「お気持ちは充分お察し致します。」中佐はいかにもとってつけたような苦悩の表情を浮かべる。胡散くせえ。「ですがもし姫殿下が王位を放棄なさいますと、王家の血筋は絶えてしまう事になるのです。t中世以来の歴史を持つ我が国にとってそれは非常に問題なのです。」
「つかさ、いきなり姉ちゃんが行っても王様も国民も納得しないんじゃねえの? 血筋が大切ってなら特に日本人の血も混じってるし」
「その点は問題ない。情報部が姫殿下のお姿をおはようからおやすみまであんなとこもこんなとこもばっちり隠し撮りして国王陛下にご報告してある。姫殿下はカーテローゼ様のお若い頃によく似ておられるし、陛下も何はともあれお会いしたいと仰せになっておられる。国民も日本人の血が入っていてもカーテローゼ様のお子様なら歓迎するだろう。」
何というか話が大きい割には大雑把過ぎる。それでいいのか本当に。
「で、俺は何で?」
「それはだな、君は姫殿下のケンプファーだからだ」
「……なんじゃそりゃ」
「王族には一人必ず常に付き添う護衛役がついているのだ。それを我が国ではケンプファーと言う。姫殿下のお写真にはかなりの確立で君が写っていたので陛下がこれが姫のケンプファーなのだろうとおっしゃったのだ」
「……頭痛くなってきたよ」俺はこめかみを軽くマッサージしながらため息をついた。
「あれ、そう言えば王様が姉ちゃんに会いたがってるって言ったよな?」
「うむ、いかにも」
「まさかこの船、もう向かってるわけじゃないよね?」
「いや、すでに我が国に向けて全力で航海中だ」
頼むから俺達の都合ってやつも考慮してくれよ……

俺は船旅というものをした事がない。
というか旅行自体あまり行った事がないのだが、どうも退屈だ。一応個室を与えられたものの、テレビもなければパソコンもない。軍艦なんだからしょうがないのだろうけども、無理やり連れてきておいてこの待遇はないんじゃないのか、おい。
もう夜になっていて、壁にある小さな窓からは何も見えない。深遠の闇が広がるだけだ。
やる事もないので異様に硬いマットレスが置かれたベッドで横になってグレー一色の天井を見上げていた。姉ちゃんは王族なのだという理由でもっといい部屋に連れていかれたようだ。
横になったまま、部屋に備え付けられている小さい机に置かれた拳銃に目をやった。
「君は姫殿下をお守りするのだからこれを持っていた方がいいだろう」とシュバルツ中佐から渡されたものだ。
ごつい軍用拳銃で、シゲだかシグだかそんな感じの名前らしい。基本的な使い方は教わったものの、射撃訓練なんぞさせてもらえなかったのでまあちょっと物騒なお守りという感じだ。
俺は起き上がるとそっと拳銃を持ち上げた。ずっしりとした重さが手に伝わり、また天井の光を鈍く反射するその鉄の塊が俺を何となくぞっとさせた。
このちっぽけなモノを使えば簡単に人が殺せてしまうのだ。俺にそんな事ができるのだろうか……それが例え姉ちゃんを守る為だとしてもだ。
ため息をついて机に拳銃を置いた時だった。
部屋のドアが控えめにノックされた。多分そうだ、という確信に近い予感がして俺は慌ててドアを開く。薄暗い廊下には今にも消えそうな姉ちゃんが立っていた。

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