ボヘミアの深い森
横尾茂明:作

■ ロマンチック街道2

そのとき龍太は目端に視線を感じた、その視線を追うように店隅に目を転じる。
先程貪るようにハムを頬張っていた少女が微笑みながらこちらを見ていた。

龍太は眼をこらして少女の風貌を見ようとしたが、明るさに慣れた眼には輪郭も朧で妙に眼の印象しか捉えられない。

(俺のどこが面白いのか…)

龍太はムッとした思いでただひたすら不味い飯で腹を満たすことに専念したその間…相変わらず視線は感じたままだった。

店を出て車に近づくと先ほどの老婆と少女が大きな鞄を抱えて店から飛び出てきた、そして龍太の前まで走り寄ると少女が微笑んで立ち止まり。

「おにいさん! ミュンヘンに行くの?」と訛りの強いドイツ語で聞いてきた。

少女はチェックの黄シャツにオーバーオール、ひさしの長い帽子を被り澄んだ碧眼で龍太の言葉を待つ。
帽子のひさしの影も手伝っているのか少女の顔は薄汚れて見えた。

「うん、行くけど乗せないよ!」
思わず口をついて出た即答であったが…我ながらなんて冷たい返答と感じた。

老婆と少女の服装はみすぼらしく、ロマであることがすぐに見て取れたからだ。

少女は急に曇った顔になり、老婆の方をみて何事か話し始めたが龍太には何語なのか見当もつかなかった。

老婆は頷いて道の遠くを見つめ大きくため息をついた、そして重そうな鞄を抱え少女の手を取って歩き始める。

午後の陽光が二人と周囲の花々を浮き上がらせた…
瞬時、龍太の脳裏にモネの風景画と重なりあって色が美しく流れた。

龍太は寂しげな二人の後ろ姿を見つめながら車の取手に手を掛ける…
と、その時心が動いた。
二人の後から「おいでよー!」と声をかけていた。


道は相変わらず空いており、車は軽快に疾走しローテンブルクにさしかかった。
しかしあれから1時間余り、老婆と少女は寝たきりである…
龍太はこいつらは何なんだと、乗せたことを後悔し始めていた。

(しかしなんて可愛い子なんだろう)

龍太は二人を乗せたときは感じなかったが、途中ガソリンスタンドで少女が顔を洗い、帽子を脱いだとき…ハッとするほどの眩しさを感じたのだ。
あれからバックミラー越しに幾度となく少女の寝顔を見てみた…。

(少し手を入れればとびっきりの美少女になるのに勿体ない…)
(こんな娘ならなにも行商などやらずともいくらでも稼ぎ先はあるものを)
龍太は少し淫らな想像に耽る。

(スーザンは今頃どうしてるんだろう)
(まだあの街に住んでいるんだろうか)

龍太の脳裏にスーザンとのマンハッタン・アッパーイーストでの蜜月がよぎる。

(あれからもう2年も経つのか)
(これが人肌が恋しいという感情なのかな…)

(もう一年以上もオンナの肌に触れていない計算になるなー)
(飾り窓のオンナ…)
(その気になればフランクフルトの場末でとびっきりのウィーン美少女が安く買えたが…)
(朝に運河に浮かんでる…なんて嫌だからねー…)

少女の捲り上げた黄色のチェックシャツからのぞく二の腕は透けるように白く、その肌は赤ん坊のようにきめ細かい、表現で言えばプニプニといったところか…。

時折長い睫が揺れる。
(夢を見てるのかな…)

(起こすのは可哀想だが、ここで少し休みたいな…)
(ここの血のソーセージは旨いと聞いたから土産話に食べてみたいのだが)

龍太は城壁内に車を進める。
まるでおとぎ話に出てくるような建物が次々に目に飛び込んで来た。

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