ボヘミアの深い森
横尾茂明:作

■ ボヘミアン4

少女はビンペルクに帰り製材所の下働きとして働くようになた、しかし15才の少女では朝早くから夜遅くまで働いても幾らにもならず…父の入院費の足しにもならなかった。

そんなときお婆さんから行商に行こうと誘われた、母は猛烈に反対したが少女にとってドイツの街は魅力的に映った。

ボヘミアングラスの傷物を捨値で仕入れ、偽造したシールを貼って持てる分以外はフランクフルトとミュンヘンの定宿に送り、森が雪で閉ざされる前にビンペルクを出た。

チェコの粗悪な山道を数時間走りドイツ国境くぐったとき道は大きく開け、整備されたハイウェイに変わる。
少女は思う…道路の差を見ても国力の違いは歴然だと。

その日の深夜にフランクフルトの定宿に入る、次の日からグラスのサンプルを化粧箱に詰め、お婆さんと以前から付き合いの有る土産物店を廻った。

フランクフルトの街はプラハと違いその近代化した都市の景観に少女は圧倒される、数日の間は行商の合間にデパートとブティックのショーウィンドの華やぎを踊るように見て回った。

一週間でフランクフルトに送ったグラスの半分以上は捌けた、しかしお得意様以外では二人のみすぼらしい格好を見て口汚く店先で追い払われる日も続いた。

秋も終わるころ…二人は辻で毛布を広げグラスを並べて行き交う人々に声を掛けるようになっていた。

そして冬が近づく…お婆さんがここはもう寒くなるし宿代もばかにならないからそろそろミュンヘンに行こうと言う。

二人はヒッチハイクと行商を兼ねミュンヘンまで二ヶ月をかけ一月の初めにミュンヘンの定宿に入る。

ロマの経営する定宿は怪しげであったがフランクフルトの宿代の三分の一で泊まれるのは二人には嬉しかった。

次の日から二人で辻にテントを張りグラスを売った、地元の人々は見向きもしなかったが海外の観光客には飛ぶように売れた、偽造のブルーシールが効いていたのだ。

3月には持ってきた大量のグラスの粗方は捌けビンペルクへの仕送りも完了し父の全快の便りも有った。


「お前はもうお帰り、私はこれから残り物を売って、その金でこちらで仕入れをし、それを持ってプラハに行くよ」
「5月には帰るから…それまでにまたグラスを仕入れておいてくれないかい」

「お婆ちゃん私一人で帰るの…怖いよー」

「なーに、チェコ行きのトラックは私が探してやるから」
「こちらには私の知り合いがトラックヤードで事務員をしててね、いつもお世話になってるんだよ」

「へーっ…お婆さんて顔が広いんだね…」

次の日ミュンヘンの北方にある巨大なトラックヤードへバスで向かう、そこで事務員を紹介されチェコ行きのトラック便を照会し、帰りは観光を兼ねミュンヘンの名所巡りをしながら宿に帰った。

二日後宿に電話があり、明日便が出るとの連絡を受ける。

朝早く二人で宿を出てトラックヤードに向かう、笑顔で迎える事務員さんに運転手を紹介して貰った。

「可愛いお嬢ちゃんじゃないか、また俺は婆さんかと思って憂鬱だったが…これでチェコ行きも楽しくなるぜ」

「フン、婆さんで悪かったね、この子に変なことしたら承知しないからね!」

「はいはい分かりましたよ、大事なお孫さんはちゃんと送ってあげるからさ」
男はそう言いながらも意味ありげにお婆さんを見つめたのを少女は見ていなかった。

少女は人の良さそうなおじさんであったことに安堵感を覚える。

そして促されて高いトラックの座席ににじり上がた、その高さに少し怯えるも5ヶ月ぶりの故郷を考えると胸が躍った。

トラックはミュンヘンエアポートを右に見ながらイーザル川に出て北東方向に進路をとった。

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