ボヘミアの深い森
横尾茂明:作
■ 終焉2
太陽は右方向から照りつけハイウェイに電柱の短い陰を作る、前方に白く濁ったチェコの丘が見え始めた。
数分後、ミハエルブックのS字カーブの先に霞んだ立体交差が見え隠れし始める。
それを越えればダニューブ橋…デッケンドルフの街はすぐそこであった。
龍太は少女の顔を見つめた、少女はもう泣きやんでいた。
少女も前方を見ていた…指はせわしなくシートを掴んだりスカートの端をいじったりしている。
そのそわそわとして落ち着かない様子に龍太は怪訝な表情で時折見つめる。
ダニューブ橋は一気に越えた、前方にはデッケンドルフの街が大きく広がっていた。
少女が初めて龍太を見つめた、そして何か言いたそうに瞳が揺れる。
「なに? …車とめようか」
「ううん…もういいの」
「お兄ちゃん…ありがとう…」
少女の目は再び濡れ出し、龍太が入り込むのを拒絶するかのような眼差しに変わっていった。
しばらく走ったところで…少女が「ここで…」と小さくつぶやく。
そこはハイウェイから一本右に入った上り坂の路地である。
龍太はブレーキを踏み、チェンジをPに入れてからサイドブレーキを踏んだ、その間に少女は黙ってドアを開け、外に降り立つ。
龍太はトランクのコックキーを押し、急いで車を降りた。
車の後ろに回り半開きのトランクを開ける、少女はうつむいたまま立っていた。
トランク内より少女の使い古したバスケットを取り出し少女に渡す。
なおも少女は押し黙り…それを受け取った。
その時…大粒の涙が少女の目に溢れた。
龍太は思わず少女の肩に手を回した。
少女はそれをかわすように後ろを向き数歩走った。
そして振り返り…「お兄ちゃんありがとう、ほ…本当にありがとう…」
その泣き顔は眩しく、すぐに白い路地に溶け込んでいった。
龍太はしばらく惚けたようにそこに立ちつくした、と言うよりも前に出ようにも脚がすくんで動けなかったが正解かもしれない。
(何て長い3日間…)
龍太はハンドルを握り直し前方を見つめた。
ミュンヘンの街が夕日に真っ赤に燃えていた。
帰り道、幾度となく引き返そうかとブレーキを踏みかけたが龍太はその都度思いとどまった、それは少女の何者をも拒否する眼差しが浮かんだからだ。
少女の身に起こった災いから想像し…拒否の片鱗を少しでも掴めないかと想いを巡らしたが、龍太にはやはり分からなかった。
この惨めさ…。
スーザンの時と同様なデジャブーな感覚…。
龍太は無性に腹が立ってきた。
(俺は一体何なのだ)
(俺の何処が悪いと言うのだ)
龍太はその苛立ちを吹き消すかのようにアクセルを床に着くまで踏み込んだ。
二日後の夕方、龍太はフランクフルトのアパートに戻ってきた。
すぐに荷造りをを始める、一部は日本に帰る荷物であったが大半は英国に送る荷物である。
居間のつけたままのテレビから流れ出るジャズがいつしかニュースに変わっていた。
「チェコスロバキヤのプルゼニで男性の一部白骨化した死体が発見されました」
「この発見はビンペルクに住む少女が昨夜母親につきそわれプラハ警察に自首し、その供述に基づいて殺害された男性が勤務する会社の寮周辺を探索した結果、本日15時に少女の供述通り遺体が発見された模様です」
「男性の遺体は寮裏10mの林の中で、遺体には着衣はなく枯れ葉の中に埋もれていたということです」
「今まで男性の遺体が発見されなかったのは、被害者男性の勤める会社がこの寮を昨年夏に売却したため、それ以降は使用されなかったことが原因と思われます」
「殺害された男性はドイツ人で、数年前にヒッチハイク中のチェコの少年を殺害したとして指名手配されていた矢先の遺体発見とのことです」
「少女が何故この男性を殺害したかは、これからの調べで明るみに出るでしょう…」
「続いて本日未明、フランクフルトの……」
龍太は多すぎる荷物に呆れ、一旦ベットに腰を落ち着かせる。
(いつの間にこんなに増えたのか…フーッ俺の衝動買いもいい加減にしないとな…)
(あれ…ジャズ番組は終わったのかな)
龍太は腰を上げ、居間に向かう。
テレビのスイッチを切り今度は居間の掃除にかかっていく。
おわり
■つづき
■目次
■メニュー
■作者別