皮膚の壁
一月二十日:作

■ 1

でも疑心暗鬼という鬼が頭の中を駆け回って仕方がない。
もう充分だろう?
真美はこうして自分の隣でいびきまでかいて眠っているじゃないか。
真美に愛撫の麻酔をかけて陶酔の密室に追いやった陰で、真美の真紅の髪に混じった白髪の一本、太股の毛穴に出来た赤黒い吹出物、充分手入れされた手の爪の輝きと対になった足の爪のかすかなゴミまで、恥ずかしい部分を至近距離で眺めて、その一つ一つに鼻を当て、掃除機の様に思い切り吸い込んだんだ。
そして真美はきっと、そんな部分まで見せてもいいと思って裸になったんだよ。その事実を「勝ち」と喜ぶべきじゃないのか?
それでもまだ鬼は踊るのか…?

「真美…」

私が許せないのは行為の後で真美がパンティーを履いたこと。
当たり前のことじゃないかと自分に言い聞かせるのだが…あぁ、なぜ納得しないんだ? 私の心は。
切なくなって布団を捲る。
真美の白い肌が露わになる。
まるで死んだ少女の様に真美は動かない。だらしなく口許が開いている。その横顔から視線をずらすと、25の年齢にしては幼な過ぎる黄色掛かった桃色の乳首が浮き沈みしている。その周りの乳輪にはぽこぽこと白い乳イボが立っている。 
乳輪は小さな乳房から一段上がって己を主張している。その勢いはそのまま乳首をツンと立てている様だ。それは起きている時の真美の気性そのままだ。
そうだ、この気性の強さと、甘える時に歪む真美の白猫の様な顔のギャップに私はのめり込んで行ったのだ。
そしてそんな時、真美は絶対に私から離れないと言う。そうまで言って、こうして全てを曝け出した真美をなぜ信じられない?
そう思いながら眺める真美の胸の上で、ふたつの乳頭が薄明かりの中で先を光らせている。
私は狂気の視線でその光を眺めている…
…右手がパンティーに掛かった…

真美はピクリともしない。すっかり眠りの世界に入っている。私は身を起こし、サイドから両手で慎重にパンティーを下ろす。尻・恥丘・表腿・裏腿と、あちこちに引っ掛かりながらもどかしくパンティーが下りて行く。
脛まで来るとパンティーはスーッと流れる。真美の脚の細さを手に感じる。今日会った時、黒いストッキングに包まれていた脛が今、白く儚い。それを思うと、そこにある細かな毛穴がたまらなくいとおしい。点在する紅い吹出物…少女の様な脚…
鼻を近付け、舌を出し、少し舐めた。

踵に掛かったパンティーを膝を片方ずつ折って外して行く時も、真美は全く動かなかった。
自制の利かない真美の体重の一部を片手で引き寄せ、パンティーを抜いて伸ばす。
その時は丁寧に真美の踵を手のひらに包み込む。
すっぽりと手のひらに収まる踵の冷たさを少し温めて。
そうしていると自分の体温が真美の踵から脚を伝って、秘部へ伝わり、また真美を少し洗脳している様な、微かな征服感を味わう。
しかしこの小さく軽い、少し桃色掛かった真美の踵を握っていると、なんでこんな小娘の虜になってしまったのだろうと悔しさを覚える。

「電話しちゃいけないんですか?…」
眠っている真美の枕許にあるワインレッドの携帯…
そう、かつてこの携帯から真美は私に何度電話をして来たろうか?
そしてその度私は何の驚きもない声で「もしもし」を繰り返した。
「あぁ、何?」
もしもしの次に必ず出るセリフ。
驚かなかったのではない。驚く暇もないくらい嬉しかったのだ。
嬉し過ぎて感情が声に乗れなかっただけだ。
「あ、電話しちゃいけないんですか?」
真美は毎回少し怒った様に、いいや、がっかりした様にそう言う。
「え? そんなことないけど…」
と、私は平坦な口調のまま、言ってはいけない「けど」を言ってしまう。
「『けど』って? やっぱりいけなかったんだ…」
電話の向こうで真美は口をとんがらせる。
「いやそんなことないよ。何?」
「あ、やっぱり迷惑なんだ…何? なんて迷惑そうに聞く…」
「いや違うってば。」
「何が違うんですか?」

と、毎回こんなやり取りで始まっていた私と真美の初期の日々。
真美の声は、その育ちや風貌に反して気品がある。
その声が最も似合う「ですます」口調と、最もギャップがある「おねだり口調」を感情のまま交える真美の話し方は、私の中にある「知」と「痴」を同時にくすぐった。
そしてそれは今、本物の気品になりつつある。
真美のこの紅い髪にOLのスーツを許すあの男が出て来てからは。

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