光梨の奇妙な日常
煙突掃除屋さん:作

■ AM8:40 登校2

「じゃ…じゃあさ、帰りにジュース奢るよ。」

「俺、今日は部活休みだもん。藤森さんが帰るまで待ってられないよ。」

 本音を言えば夜が明けるまででも待っていたいのだが……光梨が困る様子を見て喜多川はソッポを向く。

「じゃ…じゃあ……ん〜……」

 光梨が門にしがみついたまま頻りに首を捻る。喜多川は少々優越感を覚えていた。光梨が自分を篭絡するために頭を捻っている。少々意地悪をしてやりたい気分になってしまうのは男の性だろうか。

「そろそろ職員室に行かなきゃ。じゃあね、藤森さん。」

 喜多川はそう言うと門から離れるフリをした。焦った光梨は咄嗟に可愛い唇を突き出して叫ぶ。

「あっ! そうだ! キスっ! キスしてあげるっ!」

 喜多川が自分に好意を持っている事は知っている。勢いで言ってしまったものの、この状況を変えるには仕方が無い。光梨は顎を少し浮かせて唇をすぼめ、目を閉じて見せた。

「……どうしようかな……」

 喜多川は立ち止まると光梨の方に振り向いた。今すぐに奪ってしまいたい程魅力的な唇が目の前で光っているのだが……。

「やっぱり……」

 喜多川はもう一度光梨に背を向けた。もしかしたら、もう少し良い目にあえるかも知れないという期待が意地悪く微笑む瞳に見え隠れする。
 光梨は焦った。もう背に腹は代えられない。駿介との淫靡な逢瀬のためには何としても喜多川を説得しなければいけない。

「そ…そうだ、昼休みに体育館に来て! もっとイイことしてあげるからぁ!」

 喜多川は光梨に背を向けたままニヤリと笑った。それから興味の無いような顔をして再び光梨の方を見る。

「本当に?」

「ホントホント! だから遅刻は無かった事にしてよ!」

 喜多川はそれ以上何も言わずに静かに門を押した。自転車が入れる程度の隙間を開けて光梨を迎え入れるとリストを開いて何やら消しゴムで消し始めた。

「喜多川君、ありがとっ!」

 光梨はそう言うと、喜多川の頬にチュッと軽く唇を触れさせ、校舎に向かって走っていった。

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