ボクらの秘密
木暮香瑠:作

■ 夏祭り7

 彼氏を目で追っていた姉ちゃんがこっちへ振り返った。そして鋭い視線でこっちを睨み、眉毛がピクンッと吊り上った。やばい! 姉ちゃんの怒り、マックスに達した表情だ。
「ひいっ! 逃げろ!!」
 姉ちゃんに捕まったら……、ボクは思わず大きな声で叫んでしまった。しかしそれがまずかった。姉ちゃんの疑惑は確信へと変わった。
「待ちなさい! 健ッ!!」
 姉ちゃんは、僕の名前を大きな声で叫んだ。ボクは、条件反射のようにビクンッと背筋を伸ばし立ち止まる。足よ、動いてくれ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃって思ってるのに足が言うことをこかない。蛇に睨まれたカエルのように身動きできない。

「健!! あなた、美紀ちゃんを措いて逃げる気だったの?」
 僕の後ろで仁王立ちしてる姉ちゃんの声が、背中にパンチを食らわせてるみたいだ。見なくても判る。腰に手をあて、仁王立ちでボクを睨んでる、きっと……。ありったけの勇気と根性で頭を動かし、美紀に目をやる。

 美紀は、落とした金魚を拾っていた。ビニール袋に僅かに残った水の中に、金魚を戻している。
「ああ、よかった。金魚さん、生きてる」
 呑気に金魚の心配なんかしやがって! それよりボクの心配でもしろよ! 美紀のヘマでボクは大変な目にあおうとしてるんだぞ。
「何してんのかな? こんなところで……」
 言葉は優しいけど、その奥には棘が隠されてる。それも鋼鉄で出来た棘が……。
「何でもありません。何もしてません!! そ、それより……お姉さまは?」
 必死の勇気でボクも問い返した。
「何もしてないわよ」
 姉ちゃんはさらりと言った。
「か、彼氏を追いかけなくて……良いんですか?」
「やっぱり見てたんじゃない!」
 姉ちゃんの声が頭のすぐ後ろで聞こえる。もう手の届くところ、ボクのすぐ後ろに姉ちゃんはいる。ヤバイ!!
「ぐ、偶然です」
 ボクの声は恐怖に裏返った。

「お姉さん、ごめんなさい。私が金魚、落としちゃったばっかりに……」
 美紀がすまなさそうに言う。彼氏に逃げられたことを謝るように……。
「なによ、あの男!! 私をおいて逃げるなんて……。こっちから払い下げだわ」
 美紀、良い所で声を掛けてくれた。姉ちゃんの意識は、美紀と逃げた男の方にそれたみたいだ。助かった……。
「それよりあなた達、何しにこんなところ、来たの?」
「花火しようと……。あそこに花火、隠してあるんだ」
 ボクは振り返り、背筋を伸ばして花火の隠してある場所を指差した。

 さっきまで男と一緒にいた場所、でっかいチン○ンを見つけていた場所のすぐ傍を名残惜しそうに見詰めていた姉ちゃんは、笑みを浮かべて振り返った。
「花火やろうか」
 姉ちゃんは美紀に向かって優しく言った。意外に怒ってない。何かを吹っ切るように言った。それほどあの男に失望した? あの男の正体が判ったから、それを知るきっかけをボクらが提供したから、怒っていないんだ。きっと……。
「健! 取って来なさい!」
 でも、ボクにはやっぱりキツイ口調で命令する。
「ハイイ!」
 ボクは声を裏返しながら走リ出していた。



「ライターもちゃんと用意してるのね。こんなことには用意周到なんだから、もう……」
 袋を覗き込み姉ちゃんは、ボクの忘れ物の多いことに厭味を言うのも忘れない。
「じゃあ、はい! 線香花火」
 姉ちゃんは美紀に、袋から取り出した線香花火を手渡す。
「ほら、健も取りなさい!」
 ボクには、自分で取れとと袋の口を開け差し出す。
「打ち上げ花火、やっていい?」
「危ないからダメッ!」
「ハイッ!!」
 ハキハキとした返事と一緒にボクは、打ち上げ花火の横のある線香花火を仕方なく取り出した。

 姉ちゃんがボクらの持っている花火に火を点けてくれる。細い棒の先でパチパチと閃光が弾けた。月明かりだけの中、線香花火の光りがやけに目に染みる。
「綺麗ね……、儚い光りが……」
 彼氏ゲットを逃した悔しさなのか、姉ちゃんの声にも憂いが含まれている。

 パチパチパチ……、パチッ!

 飛び跳ねていた光りがだんだん小さくなって……、最後に一瞬大きく弾けて落ちる。光の玉の落ちた先を見詰めながら姉ちゃんは言った。
「それとも、わざと金魚、落とした?」
 それともって、何のことだよ。頭の中で考えていたことの続きを突然言葉にするなよ。
「ううん、わざとじゃないよ」
 美紀も不思議にも思わず姉ちゃんに答える。美紀、お前は今の会話、不思議に思わないのかよ。女だけに通じる何かがあるの?
「ふーーーん」
 姉ちゃんは、うんうんという風に頭を縦に振っている。

 二本目の線香花火が真っ赤な玉を落とすと、姉ちゃんは立ち上がった。
「じゃあ、私は帰るわ。二人は暫くやってて良いよ」
 そう言ってラーターをボクに手渡すと帰って行った。
「遅くなるな、少年少女よ。じゃあな!」
 神社の境内に、大きな声を響かせて……。

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