人妻の事情
非現実:作

■ その時は妻であらず13

ピンポーン、ピンポーーン
今日はいつもよりは少し遅いチャイム。
パタパタと、スリッパを突っ掛けながら玄関へと急いだ。
施錠を解いてドアを開けると、そこには愛する旦那様。

「お帰りなさいアナタ」
「ただいま、理紗」

私は預かった鞄を両手で胸に抱き、スリッパを履き終えた夫の後へとリビングに戻る。
いつも通りの行動、いつも通りの会話、これが新婚の甘酸っぱさ。
だけど今日の「ただいま理紗」の言葉には、少々覇気が感じられなかったのを私は見逃さなかった。
(今日は少し疲れてるみたい……)
リビングに入るなり夫はテレビをN○Kのニュースに必ず変える。
今日も景気回復が遅れているとキャスターが神妙な顔で伝えている。

「今日もお疲れ様、さ脱いで?」
「うん……」

愛する旦那様スーツを脱がす事、それは私の役目だ。
私という家族を支える為に日夜ハードな仕事をしている夫への労いとして、私が提案した役割分担である。
几帳面過ぎるとも云える夫は最初それを拒んだが、私はそれだけは頑として譲らなかった。
少しでも家にいる間は安らいで欲しい、そう思ったからだ。
夫は未だに妻である私に脱がされる、という行為に少々戸惑い気味ではあった。

「今日は少し遅かったのね?」
「ああ、急な追加残業をしたんでね……あぁ、連絡した方が良かったかな?」
「うぅんっいいのいいの、いつもご苦労様」
「あぁ……」

正面に立ち、夫の首を締め付け続けたネクタイを外す。
外した瞬間、夫の口から密かな安堵の溜息が漏れた。
そして後へと回り、スーツの上着を脱がしてあげ…… …… ……。
(っんぅ!?)
一瞬、手が止まる。
それ程の刺激だった。
いつもやっていることなのに……今日はソレを強く私を刺激した。

「ん、理紗?」
「ごっ、ゴメンなさいね」

慌て上着を脱がして、形が崩れないよう丁寧にハンガーに掛ける。
だがその手は若干震えていた。
(ゃだ……私…… ……)

「後はいいよ、僕がやる」
「え、ええ……」

ズボンを脱がされるのは流石に嫌らしく、私が介入出来るのはいつもここまでだった。
ズボンとワイシャツを脱ぎ、用意していた部屋着へと着替える夫……。
その後姿をまじまじと凝視し、更に一歩近付きたい衝動に襲われている。
今日の私は明らかにおかしい。
呼吸も荒くなり、どうしても視線が愛する夫の下腹部へと向いてしまう。
それは…… ……アレを求めている動物と同じ感覚なのだろうか。
かの一撃、それは今日の……田崎さんとのプレイで秘めていた快楽を呼び戻した。
まだ若い夫ではあるが、一日中着ていた上着には、仕事という戦場で戦い続けた「男」の臭いが篭っていたのであった。
その「男」の臭いに、私は「女」を感じてしまった。
強く支えてくれる「男」に自然と「女」は求める、自然界の動物では当たり前の事。
(やだ…そんなの…… ……お願いだから……)
理性を自粛するのが精一杯で、着替え終えた夫の声すら耳に届かない始末だった。

「理紗っ?」
「ぇっぇ、え!?」
「どうしたの、疲れてる?」
「あ、ゴメンなさいっ、直ぐ食べられるからっ」
「なぁ理紗、疲れてるなら何でも相談するんだよ?」

夫の優しい言葉が胸に染みる。
全くといっていいほど私は背徳的な想像をして、本当に恥ずかしい思いだった。

「だ、だだ大丈夫、食事にしましょう」
「ぁ……ああ」

ご飯とお味噌汁を用意して、向かい合っての食事。
夫婦の大切な時間としてくれる夫は、テレビを消して会話に重点置いてくれる。
こんな些細な配慮をしてくれる私の旦那様は、完璧無欠な人。
なのに私ときたら。
さっきの強烈な臭いの一撃に惹かれ続けていた。
   ・
   ・
   ・
お風呂を順番に使い、日付が変わろうとする12時。
眠るという本能が働く時間帯。
「恥ずかしいよ」と夫は言い続けた、リラックスできるペアルックの部屋着でダブルベッドに横たわる。
規則正しい夫はそろそろ夢の中。
殆ど動かず眠る準備に入った夫の隣、私と来たら……。
眠るという作業を忘れて寧ろギンギンに冴え切った思考は、両手で下腹部を押さえなければならい程に、別の本能がウズウズと疼いていた。
眠らなければ……そう瞼を閉じて無を彷徨うが、どうしても昼間の田崎さんとの変態的露出プレイの雑念が入る。
その度、雑念を振り払うが為に別の事を考えるが……一度入ってしまった雑念なる淫夢は振り払えない。
次第にジワジワと清楚な白い下着が甘い蜜で穢れてゆくのが解った。
ゆったりとした部屋着の上から乳首を摘むと、思わず声が出そうになる位に敏感にカチカチとなっている。
下腹部には……怖くて手が出せないが、触った瞬間でイケそうな状態。
(やだ、もうぅうぅっぅ……こんなんじゃ……寝れないわよぅ……)
求めている……身体が…… ……。
この世で最も愛している筈の夫が知らない世界で、欲情を満たしている私が「男」を求めている。
そして、これは駄目だと悟った。

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