母はアイドル
木暮香瑠:作

■ アイドルが家にやってきた2

「龍一、抱きたいんだろ。龍一にとって女は抱くものだからな」
 女好きの龍一を茶化すように耕平が言う。
「バカ言うな。奈緒にそんなこと出来るわけないだろ」
 龍一は真顔になって否定する。
「お前、アイドルはトイレにも行かなけりゃ屁もしないなんて思ってんじゃないのか?」
 演奏中以外見せたことのない真剣な顔が可笑しくて、耕平は龍一を冷やかした。
「そんな訳ねえだろ。アイドルって言っても、たかが女だぜ。他のアイドルは、所詮男たちのマスターベーションの為にいるんだぜ」
 いつもの女好きの表情に戻った龍一は、そう言い終えたあと真顔になる。
「でも……、奈緒はそうかもしれないって思ったりもするな。実際、そんなこと無いだろうけど……」
「当たり前じゃないか」
 いつもと違う雰囲気を感じ取った耕平も、真面目な顔になる。
「どちらかと言うと、彼女より妹にしたい女の子だな。なぜか抱く気が湧かねえ……、珍しい女だよ」
 耕平は、星野奈緒が『妹にしたいアイドル』でNo.1に選ばれていたことを思い出した。化粧っけのない顔、トリミングしなくても形のいい自然な眉毛、それでいて華がある笑顔……、それに喋り方も、今時の女子高生のようにチャラチャラしていない。確かにあんな妹がいれば自慢の妹になるだろう。
「プレーボーイのお前らしくない台詞だな」
「オレだって真面目なとこ有るんだぜ。音楽と奈緒に対しては真面目なんだ」
「そんなこと言っていいのか? あの娘、結構スタイルいいぜ。お前好みの巨乳だぜ、我慢できるのか?」
 耕平は、星野奈緒が昨年ブレイク前に出した写真集を思い出した。「ラスト水着写真集」と副題の付いた写真集に写った彼女は、あどけなさの残る顔に大きな胸が話題になった。その写真集を発売後、女優一本に活動を絞ると発表し雑誌に水着のグラビアが載ることは無くなった。そして、出演した映画が大ヒットし押しも押されぬ人気アイドルとなった。
「まあ、会ったこと無いからなんとも言えないがな」
 龍一は冗談ぽい笑みを浮かべてそう言うと、ヘッドホンを直し再び星野奈緒の歌を聴き始めた。

 しばらく電車は走り、耕平と龍一が降りる駅にたどり着いた。
「これから一週間で宿題か……」
「大変だな。俺には関係ないけど」
「関係ない? お前だって受験するんだろ? 大学。受験勉強もそろそろやらないとまずいだろ」
「俺は大学へは行かない。高校卒業したらプロになる。あるバンドから誘われてんだ」
 龍一のテクニックならありえる話だ。この前のステージにも、明らかに学生ではない観客が数人いた。一目で業界人とわかる格好の観客が……。
「だから、今度の学園祭が最後だ、みんなと一緒にやるのも……」
「そうか……」
 耕平は、それだけしか答えられなかった。自分の好きなことに真っ直ぐな龍一を羨ましく思う。女も、音楽も、龍一は好きなものに真っ直ぐなのだろう。

「じゃあまたな」
 耕平と龍一はお互い反対方向に、各々の家に向かう道を歩き出した。
「あっ、そうそう。すげえDVDが手に入ったから貸してやるよ。本当に凄えぜ! モロだぜ。モザイクなんて入って無い本番物だぜ」
 龍一が振り返り、耕平に声を掛けた。耕平は、サンキューと手で合図する。
「明日持って行ってやるよ。午前中なら家にいるだろ?」
 耕平のOKサインに、龍一も手を振り答えお互い家路に着いた。



 家の前まで来た時、耕平は雰囲気がいつもと違うと感じた。
(何が違うんだろ?)
 不思議に思う耕平は、家を見上げてはっと気付いた。
「あれっ? カーテンが替わってる。どうしたんだろ?」
 二階の三部屋のうち、親父の部屋とその隣の部屋のカーテンが明るいパステルカラーの物に換わっていた。残る一つは耕平の部屋だ。
(オヤジ、どういう気なんだ? それにあの部屋は使ってないぜ)
 普段使ってない真ん中の部屋までカーテンが替わっていたことに疑問を覚えながら、耕平は玄関に入っていった。しかし、家に入るとカーテンのことなどすっかり忘れていた。

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