母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 秘密の代償8

 まさみは、忙しく夕食の準備をしていた。悲しい顔や戸惑いを見せては気付かれてしまうと言う不安が、まさみを気丈に振舞わせていた。それに、浩二が帰ってくる時間が迫っていた。それまでには準備を終わらせたいと言う気持ちが、まさみを急かす。しかし、どこかうわの空な雰囲気は、耕平にも伝わっていた。
「今日、帰るの遅かったね」

 ガシャン

 お皿が床を叩く音が、キッチンにけたたましく響く。耕平が気を使って吐いた言葉に、まさみは過敏に反応した。
「どうしたの?」
「な、なんでもない」
 帰りが遅かった理由を知られているのではないかという不安が、まさみを動揺させた。

 耕平は、呆然と立ち竦むまさみの横でしゃがみ込み、床に散らばったお皿の破片を拾い始めた。
「あっ、わたし、拾うから……、痛ッ!」
「危ないよ、皿の破片……」
 慌てたまさみは、尖った破片で指を切ってしまった。
「ほらっ、絆創膏。貼りなヨ」
 耕平は、戸棚の引き出しから絆創膏を取り出し、指先に滲んだ血を見詰めるまさみに差し出す。

 耕平はまさみと一緒に、残りの破片を拾った。
「仕事で何か、嫌なことでもあった? それとも、……昨日のこと?」
 耕平も、落ち着かないでいた。初体験の相手と毎日顔を合わせなくてはならない。幸せなカップルならそれも良いが、耕平は違う。相手は、誰もが憧れる美少女アイドルで、自分が強姦しバージンを奪った相手なのだ。
「忘れたって言ったでしょ、昨日のことは……」
 まさみは、床に散らばった破片を見詰めたまま答える。
「何かあったら、俺に……相談…してもいいぞ。……誰かに喋れば……少しは、楽になるから……。俺でよければ……」
 皿の破片を拾いながら耕平は、詰まり詰まりに言葉を吐いた。
「優しんだね。……ありがとう」
 まさみが耕平の方に振り返り言う。まさみの顔に、少しの笑顔が戻っていた。耕平は、やっと戻った笑顔にほっとする。肩が触れ合うほどの近さ……、隣で微笑むまさみの笑顔に耕平の胸がドクンッと高鳴る。

 昨日、耕平の前で見せた涙、すすり泣きに震える小さな背中。そして、息が掛かるほどの近くで見せる笑顔……。耕平の脳裏には、その二つがフラッシュバックする。胸の鼓動は、ますます激しくなっていく。
(なに考えてんだ? まさみは俺の家族なんだぞ。ママ、なんだ、ぞ……。何か話さなくちゃ……)
 耕平は照れ隠しに、一生懸命を装い皿の破片を拾う。
「オヤジ、遅いな……」
 耕平がやっと見つけた話題だった。まさみのお皿の破片を拾う手が止まる。そして、表情が凍りつく。
(えっ? やっぱり何かあったのか? 仕事? それともオヤジとケンカした? でも、今朝は不自然なところはなかったけど……)
 その小さな疑問も、星野奈緒と肩が触れるほどの近くに並んでいるドキドキが包んでしまった。

「だたいま」
 玄関で響いた浩二の声が、通常の生活に二人を引き戻した。



 浩二はベッドサイドで、ナイトキャップのブランデーをグラスに注いでいた。耕平もまさみも自分の部屋のベッドの中のはずだ。浩二は、無事に一日が終わった感謝と一日の終りの締めとして、ブランデーを口に運んだ。いつもの営みだ。
「先生……」
 部屋のドアがそっと開き、パジャマ姿のまさみが顔を覗かせる。
「んっ? まさみ……、まだ寝てなかったのか?」
「ウン……、寝付けなくて……」
 まさみは、手招きに従い浩二の横に腰を下ろす。

「今日、何かあったのか?」
 まさみの背中がビクッと震えた。浩二の問いに、夕方の凌辱が頭を過ぎったのだ。
「仕事で辛いことでもあったのか?」
 浩二とて、まさみの心の動揺に気付かないはずは無かった。夕食のときに見せた笑顔も、小さな振る舞いにさえにもいつもと違う雰囲気を滲ませていた。浩二は、優しくまさみの肩を抱いた。
「ううん、心配しないで……。わたし、大丈夫だから……」
 まさみも瞳をそっと閉じ、頭を浩二の肩に寄り掛からせる。いつもなら、これで心が落ち着いた。しかし今日は、不安が募ってくる。
(こんなに優しい先生なのに……、わたしは秘密を作ってしまった。先生にもいえない秘密を……)
 明日もきっと龍一に呼ばれる。そして、中出しされる……。今まで守ってきた秘所が、白濁液に汚される。龍一の最後に言った言葉が、ピルを渡された事実がまさみに重く圧し掛かる。
(いやっ、そんなのいやっ……。あんな男に……)
 浩二の肩を抱く力よりも強く、龍一の存在がまさみの心を強く締め付ける。

「先生……」
 まさみは、浩二の胸の中に飛び込んだ。そして、背中に手を廻し強く抱きつく。
「抱いて! 抱いて欲しい、愛して欲しい……」
 まさみは俯いたまま、必死の言葉を搾り出す。恥ずかしさで、浩二の目を見ることができない。浩二も、まさみを強く抱きしめた。ブラジャーをしていないまさみの胸が、浩二の胸に強く押し付けられる。尖った乳頭を感じられるくらいに強く……。
「大丈夫だよ。まさみは強い娘だから……。僕はいつでもまさみを愛してるから……」
 浩二は、今すぐにでもベッドに押し倒したい気持ちを押し殺し、優しく背中を撫ぜた。
(この娘が十八歳になるまでは……。まさみが大人になるまでは……。あと、一年は……)
 そして、浩二の言葉に顔を上げ、つぶらな瞳で視線を送るまさみのおでこにチュッと口付けをした。
(先生……、違うの。そうじゃないの。初めてのは……、先生のを受け止めたいの。先生に、中に出して欲しいのに……)
 まさみは、浩二の胸の中で瞼を強く閉じた。そうしていないと涙が溢れそうだった。
(でも……、言えない。セックスしてなんて……。中に出してなんて……)
 額を浩二の胸に強く押し当て、まさみは辛い気持ちをじっと耐えた。
(先生! スキッ! 大好きっ!! 別れたくない、いつまでも一緒にいたい……)
 浩二の背中に廻されたまさみの腕が、浩二を強く抱きしめた。

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