母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 不幸の包囲網3

 まさみの心配をよそに、出演コーナーは始まった。幸い、ローターは無言を保っている。しかし、スタジオの一番奥の隅で龍一親子がテレビ局関係者を何か喋っているのが見えた。父親の龍彦が、旧知の関係者と卑猥な笑みを浮かべ何か会話をしている。カメラの横でまさみの様子を確認しているマネージャーは、二人に気付いていないみたいだ。真剣な顔でまさみの様子を見詰めている。

 司会者は、最近ではドラマの出演よりバラエティの出演の方が増えた三十代の中堅俳優の男女二人が勤めている。デビューのきっかけや前回の映画の話、好きな物など当たり障りのない話が続く。その間、男性司会者は『可愛い可愛い』を連呼する。いかにも軽薄そうに発せられるその言葉に、女性司会者が言葉を挟む。
「最近女らしくなったわね、前回の映画の時は本当に可愛い女の子って感じだったけど。奈緒ちゃん、あっ、もう奈緒さんかな? 何か心境の変化、環境で変わったことなんかあるの?」
「えっ? いえ、何もないです。変わったことといえば……忙しくなりました」
 まさみは、女性司会者の質問にドキッとする。女ならではの洞察力が有るのかもしれないと思う。
(気付いてる? バージンを失ったこと……。女らしくなったのは……毎日セックスしているからか? 大人になったって言うこと?)
「そう? なんか大人の色香が漂ってるって感じよ。表情に憂いが出てきたって言うか……」
 女性司会者は『大人』という言葉を強調し、奈緒を褒める。
(それとも……臭ってる? ザーメンの臭い……。ザーメンの臭いって、大人の臭い?)
 心配事が頭の中を巡る。まさみが顔を曇らせた時、突然ローターが低い唸りを上げた。
「!? はうっ……」
 まさみは、喋ろうとした声を飲み込んだ。背中を、冷たい汗が伝う。ローターは、膣内に溜まったザーメンを掻き混ぜるようにブルブルと震える。
「あら、どうしたの?」
「緊張してる?」
 司会者の呼びかけに、まさみは平静を装い笑みを作った。
「は、はい。生放送は……初めてなので……」
(き、気付かれちゃう。音……、聞かれていない? 漏れちゃう、臭い……。漏れ出してこない?)
 スタジオの奥に視線を向けると、そこでは龍一親子がクールな笑みを浮かべている。

 まさみの顔にどっと汗が吹き出る。下腹部で発せられる微量な振動が、じわじわと脊髄の伝って登ってくる。ゆっくりゆっくりとまさみの芯部を侵食していく。
(だ、だめっ! と、止めて……。気付かれちゃう……)
「女優は顔に汗かかないって言うけど、そうでもないんだね」
 まさみの異変に気付いた司会者が、そう言っておしぼりを差し出した。まさみはそれを受け取ると、慌てて額の汗を拭う。
(あれだわ……。あそこからリモコンで……操作してるんだわ……)
 スタジオの奥で笑っている龍一に視線を向けると、手にリモコンを持ってニヤニヤ笑っているのが見えた。
「でも本当……最近女らしくなったわ。表情や仕草に色香が漂ってるわ」
 女性司会者が話題を替える。
「そっ、そう……ですか?」
 まさみの声は、弱々しく震えていた。
(だ、だめえ……。これ以上されたら……、と、止めて……)
 まさみの願いが龍一に通じたのか、バイブは再び静寂を取り戻した。

「普段はどんなことして過ごしてるの?」
「えっ? は、はい……」
 いつスイッチを入れられるんだろう? スイッチを入れられたら、わたしはどんな痴態を演じてしまうんだろう。そんな恐怖がまさみの頭の中を支配し、質問も頭の中に入ってこない。何も考えられない。
………
……

「……今日のゲストは、今話題の新人女優・星野奈緒さんでした」
 インタビュー・コーナーが終わることが告げられた。司会者の眉が、不満そうに折れている。
(えっ!? わたし……、どんな質問がされたの? 何を答えたの?)
 まさみは、しどろもどろだった。龍一のことが気になって、その後の質問が何だったのかさえ憶えていない。



 まさみが控え室に帰ると、一足先に帰っていたマネージャーの田中が険しい顔でまさみを迎えた。
「奈緒! 何してんだ。あんなインタビューにも答えられないのか? それにキョロキョロと何を見てたんだ。眼が泳いでたぞ!」
 マネージャーの注意は、いつもに増して激しく大きな声がまさみに向けられた。それほど酷い対談だった。特に後半は、まさみと司会者の会話はぜんぜん噛み合っていなかった。まさみは、まともに答えていなかった。
「すみません」
「まったく、動揺するような質問でもなかっただろ。どうしたんだ」
 その時、まさみの背後で控え室のドアが開いた。田中の瞳が驚いたように開く。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊