可憐な蕾
横尾茂明:作

■ 夏の初め3

タイトなジーンズと白のTシャツ姿で表に出た。
買い物袋は先日自分で作った可愛いアップリケで飾ったお気に入り。

駅近くのマーケットまで近道の路地を歩く。
初夏の西日は木々に隠れてはいたが、無風の路地は塀の熱気に満ちていた。

路地から大通りに出た、一気に街の喧騒が少女の耳を襲う。
人々は行き交い、車は何処に急ぐのか疾駆していた。
信号が青に変わる、少女は押されるように前に出る、その時後ろから肩を叩かれた。

歩道の中央で少女は振る返る。
そこには見知らぬ男子が微笑んでいた。

「どなた…」
男子は信号と少女の目を交互に見ながら、少女の背を押して小走りに横断歩道を渡った。

信号を渡りきり、少女はもう一度男子を振り返った。
長身の男子は少女の通う中学の制服を着ていた、襟にVのマークが有り、上級生ということが分かる。

「君…2年の沙也加ちゃんだよね」

「は…はい…そうですが」

「俺…石田徹」
「君んち、この近くなんだね」

「はい…」
「先輩…私に何かご用でも」

「ご用はないだろう」
「用がなくっちゃ声もかけられないの」

「そ…そんなことはありませんが…」

少女はうつむいてもじもじしだす。
男子生徒に声をかけられた経験の無い少女は…次の言葉に窮す。

「ちょっと話しが有るんだ、そこのスタバに寄らない」

男子は少女の返事を待たず横に並び、背中から手を回して肩を抱くように誘導する。

男子の有無を言わせない行為…。
日常のこういった行為に麻痺していたのか少女は拒否する素振りも見せず素直に従った。

甘すぎるコーヒーを飲みながら少女は歩道に行き交う人々を見つめていた。

男子はニコニコ笑いながら先ほどから何かを話している。
たぶん…ゲームか何かの事だとはおぼろげに分かるが、全く興味の無い話しに…いちいち相づちを打つのも少女には面倒になってきたのだ。


「君には…こんな話し…つまんないのかな」

男子の言葉に少女はふと我に返り、目を合わせた。

「………………」

「君…先から何にもしゃべらないけど…」
「俺って、つまんない?」

「ううん…ごめんなさい…」

「私…ゲームは…したことがないの、だから…」

「そうだったの…だったらもっと早くに言ってくれれば…」

「俺…以前から君のこと見てたんだ、気付かなかった?」

「……………」

「どう? …これからもこんなふうに逢ってくれないかなー」

「…………」

「その沈黙は…駄目ってこと?」

「……………」

「そっか…興味なしってことか」
「でも…俺はあきらめないから」

男子の目がこのとき鈍く光った。

「じゃぁ…俺…もう行くわ」
「言っておくけど…俺…」
「まっ、いいか」
「じゃぁな」

男子はニヤっと笑って席をたった。
そしてうろたえる少女を見つめ背を向けて去っていった。

少女はぽつんと席に佇む…。
店に入ってからおおよそ20分間の出来事。

少女は自分の態度がいけなかったんだと感じた。
(先輩…怒っちゃったみたい)

(こんな時…何を会話したらいいの)
(でもちょっと怖かった…あの目…)

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