清めの時間
ドロップアウター:作

■ 52

 早朝のバス停で、わたしはバスを待っていました。制服のスカートを広げながらベンチに腰かけて、ちらっと左腕の時計を見ると、ちょうど六時半を回ったところでした。これから始発のバスに乗って、都市部の学校に転入の手続きをしに行くんです。
 白いセーラー服の胸元の青いリボンを、ちょっと指先で引っぱってみました。この制服を着るのも、たぶん今日で最後です。買ってまだ三ヶ月も経ってないから、少しもったいない気がします。
 昨日、わたしは久しぶりに学校に行って、最後の一日を過ごしました。クラスのみんなに寄せ書きを書いてもらって、一緒に写真を撮ったりしてすごく楽しかったです。
 恵美ちゃんにすごく泣かれて、わたしも少し泣いてしまいました。やっぱり、せっかく仲良くなった友達と別れるのは、すごく寂しいです。
 でも、仕方ないかなって思います。あんなこと、もう耐えられないから……
 始発のバスが来るのは、七時ちょうどです。三十分も早く来たのは、バスに乗る前にしなきゃいけないことがあるからです。
 そろそろ始めなきゃ。
 そう思って、わたしはバッグからポラロイドカメラを取り出して、体の横に置きました。昨日学校に行った時、兵藤先生に手渡されたものです。このカメラで、わたし達はパンツ一枚になった裸の姿を写真に撮られたんです。
 今なら誰も見てない……
 わたしは周囲を見回して、ベンチから立ち上がりました。そして、その場で靴を脱いで、靴下も取って素足になりました。


「条件というのはね」
 一呼吸おいて、兵藤先生は話し始めました。
「あなたの顔と胸、それから腹部、股間、足の写真を撮って、こっちに渡して欲しいの。ブラジャーとショーツを身につけた状態の時と、全裸になった時と、両方をね。それを、出発直前、バス停の近くで撮って欲しいの。あなたが外で『清めの時間』のことを話さない誓約書代わりにね」
 恥ずかしい指示を聞いて、わたしは動揺しました。「話したりなんかしません」って言ったけれど、聞き入れてもらえませんでした。これも「清めの時間」の、儀式の一環だって。
 言うとおりにしないと転校させないって言われて、わたしは仕方なく、指示に従うことにしました。

 ベンチの傍で、わたしはセーラー服とスカートを脱いで、白いブラジャーとパンツだけの格好になりました。それから、ベンチに置いてあったポラロイドカメラを手に取って、自分の体に向けました。
 体の下の方から、足、股間、お腹、胸、顔と順に撮っていきました。フラッシュを焚くのと、一枚一枚の写真が出てくるのがもどかしくて、焦るような気持ちになりました。
 体の一番上の部分を撮った一枚を見ると、ブラジャーのワイヤーのかかった肩の線がちょっと頼りなくて、ショートボブの髪がちょっと乱れた、今にも泣き出しそうな顔が写っていました。
 最後は、笑おう。
 ふと、そんなことを考えました。
 わたしは、今までずっと泣いてばかりいました。たくさん嫌なことをされて、少しも抵抗することができませんでした。
 いつまでも弱々しく泣いているのは、もうやめにしたいです。これからは、どんなにつらいことがあっても、明るく笑顔で生きていたいって……
 わたしは、一度大きく深呼吸して、ためらってしまう自分に言い聞かせました。

 がんばらなきゃ。恥ずかしいけど、我慢しなきゃ。今まですごくつらかったけれど、これで全部終わりにするんだから。

 背中に両手を回して、ブラジャーのホックを外しました。そのままワイヤーに手をかけて、ブラを肩と胸から離しました。もう夏の初めだから、裸になってもあまり寒くはありません。
 パンツ一枚の裸になると、誰かに見られているわけではないけれど、急に恥ずかしくなりました。頬のあたりが熱くなって、膝がカタカタ震えました。
 唇をきゅっと結んで、取ったブラを制服と一緒にベンチの上に置きました。すごく嫌だけれど、ここで手を止めるわけにはいかないんです。
 わたしは、パンツのゴムの部分に手をかけて、ためらいながらゆっくりと下ろしていきました。恥毛のない股間のたて筋が、まだ幼い感じのするワレメの部分が目に入って、何だか悲しいような気分になりました。
 下着を足首まで下げて、わたしは足を片方ずつ上げて、パンツを抜き取りました。そうして、わたしは『清めの時間』と同じように、全裸の姿になりました。
 震える両手を伸ばして、ベンチのポラロイドカメラを取りました。そして、落とさないようにゆっくりと持ち上げて、レンズを自分の顔に向けました。
 笑わなきゃ。恥ずかしいけど、がんばって自然な笑顔を見せなきゃ。
 頬が少し緩んで、肩の力が抜けてきたところで、わたしはシャッターを切りました。何となくほっとして、思わずその場にしゃがみ込みました。
 少しして、一枚の写真が出てきました。手に取ってみると、自分でもちょっとかわいいかもって思うくらい、わたしは無邪気な微笑みを浮かべていました。肩と胸の谷間も写っていて、裸だって分かるから、露天風呂で友達とはしゃいで撮った写真にも見えます。
 ふいに、涙がこみ上げてきました。この後体の他の部分も写さなきゃいけないのに、わたしは地面にしゃがみ込んで、顔を覆って泣きじゃくりました。

 よかった、ちゃんと笑えて。
これなら、いじめられたことも、「清めの時間」に辱められたことも、何とか乗り越えられるかもしれない……

 涙を拭いて、わたしはもう一度、ポラロイドカメラに手を伸ばしました。そして、震えていた膝にぐっと力を入れて、ゆっくりと立ち上がりました。

(完)


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