黒い館
けいもく:作

■ 5.鞭と隷属1

 朝食まで1時間くらいありました。

 女性たちには、シャワーで身体に付いた砂ぼこりを流し、ドライヤーで髪を乾かし、薄化粧をするだけの余裕が有りました。

 トースト焼ける香ばしいにおい、一つずつ小さな皿にのった目玉焼きと野菜を切っただけのサラダ。お館様までが、一緒になって目玉焼きを作っていました。

 朝食は簡単なものでしたが、同じ食卓で同じものを食べ、若い女性の集う、華やぎと楽しい会話、そして、たとえ低俗極まりないものであっても、激しい運動の後には旺盛な食欲がありました。

「このきゅうりとトマト、無農薬、愛子さんが作ったの」
 亜紀ちゃんがわたしに教えてくれました。

「わたしは、百姓の娘だから」

「なに言っているの、地主の娘が」
 裕美さんが口をはさみました。どうやら、愛子さんは、都市近郊の農家の出身のようです。

 ひと時の楽しい時間も無駄にしたくないという思いなのか、香子さんも真菜ちゃんもお館様も加わってよく笑いました。

 しかし、食後に鞭で打たれることを忘れている人は、ひとりもいませんでした。

 わたしには、色が黒いというだけで、掃除のときに使うはたきのように見えました。

 裕美さんが他の人に気づかれないように、そっと指でさしました。それは装飾品でもあるかのように、壁に吊り下げられていました。

「六条鞭っていうそうなの」

「どれぐらいの痛さだろう?」
 わたしは漠然と考えました。

 そして、真菜ちゃん、愛子さん、香子さんの顔をそれとなく窺いました。

 平然としているのか、平然を装っているのか、今、食器は少しずつかたづけられ、鞭で打たれる時間は、確実に迫ってきているはずなのに、大きな動揺を見せている人はいませんでした。

「今更、じたばたしたってどうしようもないでしょ」
 裕美さんが教えてくれました。
「それにね、鞭で打たれるのは、わたしたちの務めでもあるのよ」

 わたしは、首をかしげました。罰だから鞭で打たれるのではないかと思ったからでした。その問いかけに裕美さんは、否定も肯定もしませんでした。

 そうしているうちにも、準備は着々と進んでいました。

 最初に服を脱いだ真菜ちゃんは、自分で壁に吊り下げられた鞭をとり、捧げるようにお館様にわたしました。

 お館様は、鞭を手にしたまま、真菜ちゃんの若々しい裸体を抱きしめ、口を開けて舌を絡め、真菜ちゃんの唾液を吸いこむようなキスをしました。それだけされると、真菜ちゃんは、自分でお館様から離れ、ひざまずいて、足を開き、手を頭の上で組みました。そして目を閉じ、鞭の飛んでくる瞬間を静かに待ちました。

 それは、なぜか一つの儀式のように進んでいました。

「女を鞭で打つというのは、十日に一回ぐらい行われるのだけど、ここでは、それなりに神聖な行為なの」
 裕美さんが私に説明してくれました。

「たとえば、ローソク。溶けた蝋を肌に落とすというのがあるの。わたしも以前は、よくされたのだけど、最近は、もっぱら香子さんが被害にあっているみたい。あれって、熱いのよ」

 裕美さんは自嘲するように笑いました

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