黒い館
けいもく:作

■ 8.トイレはのぞき放題2

『それじゃ、はじめて』と言われてもね、緊張するし、簡単に出なくって、力もうとしたら、乳首を吸われて、今度はそちらに気を奪われてしまって、それでも、がんばって少しは出せたの。

 お館様それを見て、やっと、念願がかなったというような嬉しそうな顔をしたから、恥ずかしかったけど、これでよかったと思った。お館様の欲望は、わたしたちでみたせてあげられるものは、みたせてあげないとね」

 わたしにも胸をはだけて便器に座る愛子さんがなんとなくイメージできました。その姿にお館様が、思わず乳首を吸ってしまうのは、あたりまえのことかもしれませんでした。

 それよりも、それだけで愛子さんを解放していることのほうが不思議でした。

 いったん、掻きたてられた欲望は、適切に処理しなければなりませんでした。

 あとに続いてきた裕美さんか、香子さんか、亜紀ちゃんの誰かに胸をはだけさせ、排泄する姿を見たあと、もっと凄いことをしているはずでした。そして、その被害者に自らの精液を飲み込ませているはずでした。

 裕美さんや香子さんなら、そうしたお館様の欲望を受けとめることにも慣れているはずでした。ただ、亜紀ちゃんを使ったとしたら、お館様が、亜紀ちゃんの口に出していたとしたら、あの飲みにくい喉に絡まるような液体を飲まされているとしたら、少しかわいそうな気がしました。

「うちのときは、カメラまで用意していた。『ついでだから全部服を脱いでしまおう』なんて言って、素っ裸で便器にまたがっている写真。子どもじゃないのに」

「でも本当に3日間だけだったね」

「そんなものよ、お館様のやることなんて」

「それで写真はどうなったの?」
 わたしは聞きました。

「さあ、お館様のことだから、隠し持っていて、たまにひとりで見て喜んでいるのじゃあないかな、そんな人なのよね」

 愛子さんの運転する車は、快調でした。山道を抜け出し、地方の町を走っていました。駅は近いと思いました。

「冬には、大学を受験するのでしょ?」
 愛子さんが、話題を変えるように言いました。

「うち、家出しとるから、もともと、親も貧乏だし、愛子さんと裕美さんと香子さんで、最初の学費やら、下宿代を出してくれるって言うから」

「わたしは、ちょっとだけど。いいのよ、裕美さんも香子さんも金持ちだから」

「でも、入学すれば、もうここには住めない」
 真菜ちゃんは、さびしそうな顔をしました。

 わたしは駅に着いて礼を言ったあと、列車に乗りました。

 翌日から会社でした。会社では単調な仕事の繰り返しでした。キーボードをたたきコピーをとりました。

 お茶汲みの合間に、ふと手を休めて、黒い館で見たことを思い出しました。とたんにわたしの手は、凍てついたように動かなくなりました。それは、あまりに鮮烈な印象を残しすぎていました。

 同僚と話していても、自然にその同僚と黒い館の女性たちを比較していました。見た目の美しさでは、遜色ないと思いました。

 ただこの人が、あの残酷なセックスを体験すれば、と思いました。乳房を鞭で打たれて、なお、美しさをたもつことができるのだろうかと思いました。

 香子さんの縄でくくられて、身動きができなくなった裸体を、ただ、お館様の慰み者になっている姿が思い浮かびました。気まぐれに乳房をつねられても、耐えることしか出来ない、可憐な美しさでした。

 それは、代償を求めないでひたむきに生きる美しさでした。あるいは、清らかな心と言い換えることができるかもしれないと思いました。

 それから、約一か月の間、わたしは心のむなしさを消すことができませんでした。ただ惰性だけで過ごしていたような気がします。

 鏡を見れば、白いブラウスと黒のミニスカートだけのわたしの姿が映っているような妄想に取りつかれました。

 目を閉じれば、わたしは裸で柱に縛り付けられていました。両乳首に凧糸が結ばれ、糸の先端を持った親方様が、たわむれに引くと、わたしの乳首は円錐状に伸び、うめき声が聞こえてきました。お館様はカラカラと笑いました。その一瞬の笑い声のためにわたしは泣くのかと思いました。

 ある日、わたしは会社に退職願を提出していました。

 わたしの行くところは、黒い館以外にありませんでした。

 わたしは館から少し離れた場所で、タクシーからおり、山道を歩きました。

 黒い館は、相変わらずまわりの景色と調和しない不自然な威厳を保っていました。

『とうとう、来てしまった』わたしは思いました。

 これから、わたしがどう扱われるのかはわかっていました。でも、ためらいはありませんでした。心は不思議なくらい澄んでいました。

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