狂牙
MIN:作

■ 第1章 籠絡5

 そんなわたくしにそのお方は、そっと仰いました。
「ここから先は、旦那様に私との関係が知られる可能性が大きく成ります。ですから、今の関係を終わらせる必要が有るんです」
 そう仰ったそのお方は、へたり込んだわたくしの前に、ゆっくりしゃがみ込んで、わたくしの顔を正面から覗き込むと
「二つの道から選んで下さい」
 わたくしの目の前に、人差し指と中指を立て仰いました。

 わたくしがコクリと頷き承諾すると、スッと中指を曲げ
「一つは、私との関係を全く無くして止めてしまう」
 そう仰い、ジッとわたくしの目を覗き込まれました。
 わたくしは無意識に、ゆっくりと首を左右に振っておりました。
 身体がガクガクと震え、涙が溢れ出しました。

 そのお方は優雅に頷くと、ゆっくり手をわたくしの頬に添え
「もう一つは、私の言葉に絶対に逆らわない事。どんな事にも、無条件に従い、更に深く強い快楽を求める道」
 優しくわたくしに仰いました。
 わたくしはそのお言葉を聞き、一も二も無くそのお方のお言葉に従う道を選びました。
 するとそのお方は、スッと立ち上がり
「今からお前は、私の奴隷。奴隷は人間では無い。これからは私を常に敬い、奉仕しなさい。」
 わたくしに一番最初の命令を下さいました。

 わたくしは直ぐには、意味が解らず、対応が遅れてしまいました。
 そんなわたくしに、そのお方は厳しい声で
「正座しなさい。そして、額を床に擦り付けなさい。それが、奴隷の基本姿勢! これからは、指示された時以外は、その格好をしなさい」
 わたくしに躾て下さいました。

 そのお方はわたくしの頭を足先でコツンとつつかれると、額と床の間に足を差し込み
「舐めなさい」
 静かな声でお命じに成られました。
 わたくしは夢中で足に舌を這わせ、舐め始めました。
「これから、みっちりと礼儀を身に付けて差し上げます」
 そのお方が舌を這わせるわたくしに、静かに宣言されました。
 わたくしの奴隷生活の始まりです。
 それは、そのお方が、わたくしの家で生活するように成って、2ヶ月を迎える少し前の事でした。


−第2節 息子:啓一−

 僕がその人に初めて会ったのは、大学のサークルの合宿から帰って来た時です。
 父さんに新しい家政婦として、紹介されたのが初めてでした。
 僕はその女性の美しさに、思わず息を呑み見とれてしまいました。
 父さんの紹介の後、優雅にお辞儀をして、鈴を転がすような涼やかな事で
「黒川由梨(くろかわ ゆり)と申します。どうか、宜しくお願いします」
 名前を告げて挨拶した。

 初めて目にする可憐さと儚さ、そして時折覗くゾクリとするような大人の色気。
 僕よりも6歳年上の25歳と告げた由梨さんは、実年齢よりも2〜3歳若く見えた。
 僕は由梨さんを見て、一目で恋に落ちた。
 その日以来、それまで殆ど寝るためだけに帰って居た家にも、講義が終わると真っ直ぐ帰り、由梨さんの仕事の合間にお茶を飲みながら、談笑するのが僕の楽しみに成った。

 由梨さんは朝夕の食事は勿論、僕と妹に弁当も作ってくれ、僕はいつも由梨さんの作る食事を食べた。
 朝、大学に出掛ける時は、玄関まで見送りに来て優しく微笑み、その日の帰宅時間を聞いて、手を振って送り出してくれる。
 僕はそんな由梨さんの細かな仕草や、くるくると変わる表情が、愛しくてどんどん好きに成って行った。
 僕の気持ちは、日増しに強く成り、その気持ちに比例して、由梨さんが欲しくて堪らなく成って行った。
 だけど、年下の僕の事なんか、あの美しい由梨さんが相手にする筈が無かった。
 僕は日増しに強く成る思いと、フラれた後の気まずさに挟まれ、悩み抜いた。

 そこで、有る結論を出す。
 由梨さんに会話の中で、それと無く由梨さんが僕をどう思って居るか、問い掛ける事にした。
 僕は由梨さんとの会話に、それと無く好みの男性や恋愛対象の年齢の話しを混ぜ、問い掛けた。
 だけど、由梨さんはある程度迄は答えても、肝心な部分は、はぐらかして答え無い。
 僕は悶々とする身体を、由梨さんをオカズにして、鎮めるように成った。
 僕のチ○ポは由梨さんを思うと、直ぐに元気に成り、1日に驚く程の回数を自分で鎮めた。
 僕はおかけで家に居る時は、寝ているか、食事をしているか、由梨さんと話しているか、自分で鎮めているかのどれかに成った。

 そんなある日、僕はいつものように由梨さんを思いながら自分を鎮めていた。
 いつものようにティッシュを準備し、フィニッシュに向けて、妄想を掻き立てる。
 そしていつものように、フィニッシュと同時に由梨さんの名前を呼んだ。
 だけど、そこから先は、いつもと違っていた。
「は〜い、啓一さん呼びました〜」
 由梨さんが返事をして、ドアノブか回った。
[や、やばい! 鍵を掛け忘れてる!]
 僕は顔面が真っ青に成った。

 余りの事に僕の身体は固まり、由梨さんが扉を開けて中に入って来る。
 そこから先は、スローモーションのように見えた。
 微笑みながら入って来た由梨さんの顔が、僕の姿を見付け、僕の格好を理解すると驚きに染まり、両手で口を押さえ、顔を真っ赤にすると
「ごめんなさい!」
 一言謝って背中を向けて出て行った。

 バタンと扉の閉まる音が、妙に大きく聞こえた。
 僕の頭の中には[見られた]と言う言葉が木霊していた。
 完全に全部見られてしまった。
 何故なら、僕の身体の正面は、扉の方を向いて居たからだ。
 僕はそのままの姿で暫く放心し、もぞもぞと起き上がると、下着とジーンズを上げ、ベッドに身体を投げ出した。
 (一番見られたくない事を、一番見られたくない人に見られた。もう、終わりだ。これから、どんな顔をして、由梨さんに会おう)
 僕はベッドに倒れ込んだまま、ずっと考えていた。

 すると誰かが、扉をノックした。
 僕はその時、誰にも会いたく無くて、その音を無視した。
 だけど、暫くして、また誰かが扉を叩く。
 僕は横に転がり、扉に背中を向け頭を両手で抱え、その音も無視した。
 暫くすると3度目のノックが有った。
 僕はそのしつこさに腹が立ち、扉に向かうとノブを回しながら
「しつこいな! 僕は眠りたいんだ!」
 相手を確認せずに怒鳴った。

 僕は怒鳴った相手を見た時、驚いて固まってしまった。
 開け放った扉の向こうには、由梨さんが首をすくめて立っていた。
 由梨さんは、固く目を閉じ、肩を震わせながら
「ご、ごめんなさい…。でも…、どうしても謝りたくて…」
 僕に言った。
 その弱々しげな由梨さんを見て、僕の中で何かが弾けた。

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