狂牙
MIN:作

■ 第2章 ゲーム32

 店内に入ると、中は人でごった返していた。
 忙しなく動き回る店員が、俺達を見つけ
(と言うより優葉に目を奪われてが正しい言い方か)
 すっ飛んできた。
 俺が座敷を希望すると、丁度1室空いたらしく
「今、片付けますので、少々お待ち下さい」
 店員が言い残して、奥に消えて行く。

 俺は優葉が目立たないように、壁側に立たせて俺の身体でブラインドを作っていた。
 優葉も俺の考えが判ったのか、俺の背中に隠れるように立って居る。
 まぁ、あの店は、店外で女の子と客の接触を嫌っているようだったから、優葉にもこの状態は不味いんだろう。
 数分待っていると、さっき消えた店員が俺達の元に現れ
「お待たせしました、こちらです」
 俺達の案内を始めた。
 俺は正直知り合いに会わなくて、ホッと胸を撫で下ろしながら、店員の後ろを歩き始める。

 しかし、そこに一番聞きたくなかった声が、俺の名前を呼んだ。
「あれぇ〜? 栄吾さんじゃ無いですか。どこ行くんですか? 一緒に飲みましょうよ〜」
 雰囲気を理解しない、呂律の回っていない言葉で、直ぐに声の主の状態が判った。
「今日はツレが居る。また今度な」
 俺は肩越しに前田に短く答えると、歩く速度を速めた。
「え〜〜〜っ。つ〜め〜た〜い〜な〜…。栄吾さんと俺の中なのに…、そんな事言うんだ〜。1人で飲めって言うんだ〜」
 前田は駄々っ子のような言い方で、尚も俺に縋り付き、俺は苛立ちから舌打ちをして、睨み付けようとしたが
「私なら、大丈夫よ。気を遣わないで…。それに、あんまり目立つのも…」
 優葉が小声で俺に囁き、俺は周りを見渡した。

 すると、前田の馬鹿のせいで、俺達に目線を向けた店内の客が、優葉に目を奪われ始めていた。
 俺は舌打ちを再び漏らし
「邪魔すんなよ」
 前田に短く告げると、前田は俺達を追い越して、座敷の入り口の扉を開けた店員に駆け寄って
「ここに、合流するんで、宜しくね」
 嬉しそうに告げながら、真っ先に座敷に入った。
 俺は正直この時は、ぶち殺してやりたい気分でいっぱいだったが、座敷に入ってその気分が霧散した。
 いや、逆に褒めてやりたい気分に成った。

 前田は、座敷の入り口を背にする位置に座っていて、俺はその正面に座る。
 すると、必然優葉はそのまま俺の隣に、座る形になった。
 この店の座敷は、本来4人用には出来ていない小さな物で、優葉の身体が俺に密着しそうになる。
「狭くないか…」
 俺が小声で、優葉に問い掛けると
「ううん…大丈夫です…」
 優葉が恥ずかしそうに俺に返事を返す。
 俺は優葉の返事よりも、身長差から来る視界の恩恵に感謝した。
 斜め上から見降ろす俺の視界には、優葉の胸元の谷間が、大迫力で飛び込んで来た。

 俺は釘付けに成りそうな極上の景色から、意志を総動員して首を正面に向ける。
 そして、正面に向けた俺が目にしたのは、大口を開けて目を皿のようにして、優葉を見詰める前田の顔だった。
(うん、判る。その気持ちは、十分に判るぞ…)
 俺は心の中で、前田に賛同した。
 あの店で、あれだけ美女を見た俺でさえ、暫くは呆然と目を奪われたんだ、免疫の出来てないこいつの気持ちは痛い程分かるが、見られている優葉には失礼以外の何物でもない。
「前田君!」
 俺は強い口調で、前田の名前を呼んで、前田を正気付かせた。

 俺に強い口調で名前を呼ばれた前田は、ブルブルと頭を振って視線を俺に向け
「え、栄吾さん…。誰、この凄い美人…」
 優葉を指さし掠れた声で、俺に問い掛ける。
 俺は失礼極まりない、前田の手をはたき落とし
「優葉ちゃんだ。お前これ以上失礼な事をしたら、速攻で叩き出すぞ…」
 怒気を含んだ声で前田に告げた。
 前田も自分の失礼さが理解できたのか、頭を下げて謝った。

 座敷のふすまが開いて、店員が飲み物を運び込むと
「ご注文お決まりですか?」
 お決まりの文句で、問い掛けて来て、俺は定番の料理を店員に告げる。
 店員は優葉に見とれながらも、オーダーを書き込み座敷のふすまを閉めた。
 飲み物を片手に、俺達は乾杯をして、会話が始まった。

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