狂牙
MIN:作

■ 第2章 ゲーム34

 前田・川原・金子・大杉の4人は、毬恵を頻繁に使う葛西家の有る地区の自治会員だった。
 そして、この4人は最近葛西家の飼い犬、ジムにやたら敵視されている。
 何度も吼え付かれ、威嚇をされて居た。
 理由は単純。
 毬恵の中に4人の精液が放たれ、それをジムが嗅いでいるからであり、ジムは毬恵を自分の所有物だと考えて居るからだった。
 自分の物にちょっかいを出している牡を許す程、犬はおおらかには出来ていない。
 飼い主にですら牙を向ける事もあるのに、この4人の牡に対して、ジムが攻撃をはばかる理由など皆無だろう。
 ただ、こいつらは毬恵を使っている意識が無いから、その理由には気が付いていない。

 前田が言った言葉に、川原が驚きながら苦虫を噛み潰したような表情で
『何だよ…。前田君もそんな経験が有ったのか…』
 ボソリと呟いた。
『[前田君も]って言う事は、川原さんも襲われた事があるの?』
 優葉が心配そうに眉を顰(ひそ)め、川原に尋ねると
『う、うん…ああぁ…。襲われたって程じゃない…。まぁ、柵が無かったら危なかったかもな…』
 川原は優葉の表情に、照れたような笑みを浮かべながら答えた。
 優葉の手が川原の腕に絡み、軽く乳房が触れているんだ、誰でも鼻の下は長くなる。
 こう言う仕草が、この2人の思考を奪い、この場に必要な情報を溢れさせるんだ。

 川原を羨ましそうに見ている前田が、少しふて腐れた表情で
『なんだ…。じゃあ、俺の方が酷かったんだ…。アレは、本当におっかなかったな…』
 酎ハイを舐めながら、ボソボソと呟く。
 優葉が川原から離れ、身を乗り出すように前田の顔を覗き込み
『え〜〜〜っ…。そんなに酷い目に逢ったの? ねぇ、教えて、教えて』
 問い掛けると、前田の目は優葉の胸の谷間に釘付けになる。
 両肘を合わせてテーブルに置き、上体を乗り出せば、自然に乳房が両腕の間に挟み込まれ、タンクトップの胸繰りからたわわな谷間が覗く。
 優葉のこのポーズで、胸の谷間に目が行かない男は先ず居ない。
 必殺のポーズだ。
 優葉はこいつらの反応を見て、まるで楽しんでいるように、過剰なサービスポーズや仕草を取った。

 優葉の谷間に視線を奪われたまま、前田が話し始める。
『う、うん…。あれは、1週間ぐらい前、俺が道を歩いていたら、葛西さんの所のお手伝いさんが、ジムを散歩させて近付いて来たんだ。俺の5mぐらい前になると、いきなりジムの表情が変わって、歯を食いしばりながら顔を歪めて[グルルルゥ〜]って唸り初めて…。俺、流石にビビッちゃって。だって、ジムの大きさ見たら誰でもそうなるでしょ』
 前田が川原に同意を求めると、川原は押し黙ったまま頷く。
 川原が頷いたのを見た前田は、優葉に視線を戻して
『っで、俺が背中を向けた時、狂ったように吼えながら、お手伝いさんを振り切って突っ込んで来たんだ。俺正直死ぬかと思った…』
 身震いしながら、優葉にその時の恐怖感を話す。

 優葉が目を輝かせながら
『でっ、でっ、どうなったの?』
 合いの手を入れながら問い掛けると
『う、うん…。俺が倒れ込んだ所にジムが乗っかかって来て、お手伝いさんがジムを呼んだんだ。そしたら、ジムは大人しく成って噛まれる事は無かったんだけど…。すっげー怖かった…』
 前田は事の顛末を語った。
 前田が口を噤むと
『お前も葛西さん所のジムか…。俺も実はそうなんだ…。この間、回覧板を持っていったら、家の奥から凄い勢いでジムが走って来て、そのまま飛びかかられそうに成った。俺は、普通じゃないジムの様子に、慌てて門扉を閉めたんだが…。アレが無かったら本気で危なかったと思う』
 川原がボソボソと呟く。

 良い感じで2人の体験談が、お互いの耳に入った。
『ふ〜ん…。そのジムって…、おっかない犬なのね…』
 優葉が驚いたように感想を告げると、2人はほぼ同時に首を左右に振り
『いや、そんな事無かったんだ。ジムは身体は大きいけど、温厚でとっても頭が良いんだ』
『ああ、俺も幼犬の頃から知っているし、良く懐いても居たんだ』
 口を揃えて優葉の感想を否定する。
『え〜〜〜っ…。それじゃ、急にそのジムが変わったの? なんか理由が有るのかな?』
 優葉は2人に否定されて、困ったような顔で誘い水を掛けた。
 ナイスなタイミングだ。
 これで、2人は葛西家で、何かが起きている事を意識の底に置く筈だ。

 優葉の言葉で、不可解なジムの変貌を気にしていた2人は、記憶を探り始める。
 そんな2人の横で、優葉がキーワードを呟き始めた。
『その犬が興奮するような、匂いが付いていたとか…。家の周りに不審者が出てるとか…。う〜ん…なんか理由がないと、急に変わるって変だよね〜…』
 その時、優葉の呟きを聞いていた川原の眉が、ピクリと跳ねる。
 川原は優葉の言葉で、何かに勘付いた。
 だが、跳ね上がった眉は優葉の方からは死角に成っていて、優葉は川原の表情の変化に気付いていない。
 優葉が言葉を探しながら、次のキーワードを呟き掛けた。
(不味い! これ以上の話は、逆効果だ。川原が優葉の素性に疑惑を持ちかねない)
 そう思った瞬間、俺は乙葉に指示を飛ばした。
「乙! 春の番号で優に電話しろ!」
 俺の緊張した声に乙葉が素早く反応し、エンターキーを押す。

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