狂牙
MIN:作

■ 第2章 ゲーム38

 川原達の居酒屋での密談から数日後、俺は葛西家を訪問した青年に目を奪われる。
 その青年は、身長は180pをちょっと掛けるぐらいの長身で、体重は80s前後。
 黒縁の眼鏡を掛けて、背中を軽く曲げながらチョロチョロと道路の端を歩いて来た。
 忙しなく眼鏡のフレームに手を掛け、眼鏡の位置を直しながら、青年は葛西家の呼び鈴を押した。
 程なくして、呼び鈴から女の声が[どちら様です]と問い掛け、青年が答える。
『済みません。啓一君と同じサークルに所属する者で、近藤と言います…。学校の事で、啓一君とお話ししたいんですが…』
 青年はマイクに素性を告げ、用件を告げた。
 俺はその青年の仕草に、直ぐに反応し
「乙葉! この青年の情報を全て遮れ! それとデーターベースから、検索しろ」
 乙葉に指示を飛ばす。

 乙葉は、俺の突然の指示に的確に対応し、直ぐに情報に[ブラインド]を掛け、モニターに素性が現れた。
 青年の名前は[近藤 昌聖(こんどう まさきよ)]啓一と同じ大学の工学部に所属する学生だった。
 家族構成は年老いた父親だけで、実家はアダルトショップと成っている。
 成績は大した事は無く、可もなく不可もない物だ。
 啓一の所属する、武道研究サークルで、マネージャーのような事をしている。
 だが、俺はこのモニターに映る青年と、青年の情報の食い違いに違和感を覚えた。
(マネージャー…? おかしい…。こいつ…何か裏が有るな…)
 俺の顔から表情が消え、視線が鋭い物に変わる。
 乙葉はそんな俺の変化を横目で確認しながら、モニターに映る情報のどこに、俺の表情が変わったのか必死に探し始めた。

 モニターには1回目の人体改造を終えた啓一が、門扉越しに青年と話し始めていた。
 啓一は全身の筋繊維と骨格を改造され、密度と量が大幅に増えている。
 外見は依然と全く変わらないまま、筋肉量を3倍に増やされ、それに伴って骨の強度と筋の柔軟性を高められていた。
 この人体改造は、元々戦闘用の奴隷が行われ、常人の3倍の力を出せるが、ここまで上げられると年齢を重ねた場合、筋肉の負荷に身体が耐えられず、最も長く生きた事例で41歳だった。
 老化防止剤を使えば延命も出来るだろうが、体組織が増えた分莫大な費用がかかるため、使われた事例は聞いた事がない。
 天童寺は完全に、啓一を使い捨てにするつもりらしいが、俺にはどうする事も出来無い。

 青年は啓一に大学を辞めた経緯を問い詰めていた。
『どうしてなんだ? 何か特別な理由でも有ったの?』
 青年の問い掛けに、啓一は無表情で
『別に理由は有りません。先輩、僕の事は放って置いて下さい』
 青年に答える。
 青年は暫く無言で啓一を見詰め
『判ったよ…。今は、何も聞かないよ…』
 ボソボソと呟くと踵を返して、帰って行った。
 啓一はそのまま無言で家の中に入ると、葛西家の玄関前には誰も居なくなる。

 俺は、青年の後ろ姿が小さく成るモニターを見詰めながら
「乙葉。千佳を呼んでくれ…」
 乙葉に指示を出す。
 乙葉は直ぐに千佳に連絡を入れると、不思議そうな顔で俺に問い掛けて来た。
「ご主人様…。どうして、あの青年の事をお気に掛けられるんですか? その…、どう見ても只の…さえない青年にしか見えなかったんですが…」
 乙葉の質問に、俺はニヤリと獰猛な笑みを浮かべながら
「乙葉…、お前でもそう思ったか? なら、あの青年はただ者じゃない…。今のVTRを巻き戻して、ちゃんと見てみろ…。可成り驚くぞ…」
 乙葉に答えてやる。
 乙葉は直ぐに俺に言われたように、VTRを戻して青年の姿を見て、訝しそうに首を傾げた。
 モニターを操作する乙葉の顔が真剣に変わり、目まぐるしくモニターを切り替える。
「ど、どう言う事…。こんな事…有り得ない…」
 乙葉の口から驚きの声が漏れ、目が大きく見開かれていた。

 俺は優葉の驚いた表情に
「結果に驚くだけじゃない。そこまで、注意しないと判断できない程、あの青年は自然な動きでそれをやったんだ…」
 低く静かな声で、優葉に告げる。
 青年はカメラの撮影範囲に入り、啓一との会話を終えて、撮影範囲を出るまで、巧みに身体をかわして、その顔をカメラに晒さなかった。
 ランダムに動く6台の監視カメラから、物の見事に死角を作って、情報を遮っていた。
「面白い…。この青年一体何物だ…」
 俺の口から無意識に、言葉が漏れる。
 いつの間にか、俺の頬には獰猛な微笑みが浮かんでいた。
 俺は光明を見つけたのかも知れない。

 俺の呼び出しに、千佳が20分程で現れた。
「ご主人様、お召しにより参上致しました」
 俺の目の前に平伏して、額を床に擦り付け挨拶をする。
「千佳、お前に調べて貰いたい事が出来た。この青年の事を出来るだけ詳しく調べろ。お前が入った大学の3回生だ」
 そう言って、唯一まともに顔が映っていた、データーベースの写真をプリントアウトした物を差し出す。
 唯一まともと言っても、その写真も眼鏡のレンズが光を受け、その容貌を映し切るまでには至っていない。
 茫洋とした雰囲気の写真を覗き込み
「はい、了解しました。私の身体を使って、接近しても宜しいでしょうか」
 千佳が問い掛けてくると
「いや、直接の接触は絶対に避けろ。その青年に、調べている事を気付かれるような真似は、絶対にするな」
 俺は、千佳に注意深く調べる事を指示する。
 千佳は俺の指示を不思議そうに聞きながらも、了承して部屋を出て行った。
 この時の俺は、まさかこの青年が俺の運命を大きく変えるとは、思っても居なかった。

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