狂牙
MIN:作

■ 第4章 回り始める舞台12

 良顕の答えを聞いた一也は
「ふぉふぉふぉっ…、面白い…、実に面白いわい。敵の中の敵を前にして、それだけの啖呵を切るとはな…」
 楽しそうに笑いながら、スッと一枚の小さな付箋紙を差し出した。
 良顕が訝しそうに、その付箋紙に目を落とすと
「儂のプライベート電話じゃ。おなごにしか教えて居らん。お前さんが最初の男じゃ。なんか有ったら連絡せい」
 良顕に楽しそうに告げる。
 良顕は驚きながら、付箋紙を受け取ると、額に翳して頭を下げ、ポケットにねじ込んだ。
 一也は、微笑みを浮かべ、良顕を見つめながら、スッと携帯電話を取り出した。

◆◆◆◆◆

 千佳は、朦朧とした頭を振った。
 依然快感は身体の中を暴れ回り、もう何度絶頂を迎えたか分からない。
 だが、ちりぢりになった自我は、少しずつ集まり、思考が出来るまでに成っていた。
(んくぅ…、んくぅん…、あん、あはぁ〜〜ん…。き・も・ち・い・い…。で・も…だ・め…お・ぼ・れ・ちゃ…だ・め・よ…)
 思考と言っても、断片的な抑止や抵抗を考える程度で、理論的な物に迄は達していない。

 強い感情だけが頭の中に浮かび、刻み込んでいた禁忌を思い出す。
「ほら、千佳ちゃん喉が渇いたでしょ…、また飲ませて上げるわ…」
 どこからともなく千佳の耳に、心地よい声が響き、唇を塞がれる。
(あぐ、んぐ、んくぅ…み・ず…み・ず…お・い・ひ・い…あん…もっ・と…あふん…や・わ・ら・か・い…お・い・ひ・い…)
 ヌチャヌチャと音を立てて舌が絡み合い、口に含まされた水を千佳は嚥下した。

 水を飲み込んだ後も、差し込まれた舌に、自分の舌を絡めて、いつまでも離そうとしない。
「まだお水が欲しい?」
 遠くに聞こえる、優しい女性の問い掛けに、千佳はコクコクと頭を振り、答える。
「あひゅ〜…、あん、あはぁ〜〜〜っ、んふ〜…、んあっ…あっ、あっ、あっ、かはぁ〜〜〜ん…」
 口を開けば、出て来るのは快感を含んだ淫声。
 そんな唇に、また柔らかい唇が重なり、水が流し込まれウットリとした表情で、舌を絡めた。

 四度目の覚醒期で、千佳の思考は美咲達にコントロールされ始めた。
 極限の快感は、千佳の思考を奪い、本能に直接問い掛ける。
 飢え、快感、乾き、恐怖、そして安堵。
 千佳の脳には、脳内麻薬が充満し、自らまともな思考を妨げている。
 朦朧とする意識の中で、千佳は突如[安定]を手に入れた。
 それは、極上の快楽を伴っていた。
 千佳の快感の中枢を貫く、熱い固まり。
 千佳の奥底に届く、柔らかくて堅い、熱を持った柱。
 そして、不安定だった身体を包み込む、暖かで安堵を生むしなやかな拘束。
 自分の正面を覆う、熱い柱に千佳は思わず手と足を絡め、しがみついた。

 その途端、千佳の心に強い安息が生まれる。
 手首、足首、肩、腰だけで浮いていた千佳の身体は、その時始めて指向性を持った安定感を手に入れ、急速に心を落ち着かせ始めた。
「あっ…あっ…」
 小さく、口から漏れる自分の声を、遠くに聞きながらゆっくりと目の前の情景が、認識され始める。
 そして真っ先に目に入ったのが、千佳の瞳を真っ直ぐに射抜く、優しい瞳だった。
 千佳の意識が引き込まれると
「千佳は偉いね…」
 心地よく耳朶を叩く、低く優しい囁き。
 
 千佳の瞳孔がフッと大きく開くと、その視線を絡め取るように、優しい視線に支配力が加わる。
 その瞳に捉えられた千佳の脳髄が痺れ、目線が蕩けた。
(え・ら・い・の…ち・か…え・ら・い・の…)
 千佳が思考を掻き集め、纏めようとすると、グッと身体の奥で熱い固まりが動き、千佳の思考が掻き消される。
「こんなに偉い千佳は…、誰に教わったの…」
 優しい声が千佳を包み、千佳の身体が震えた。
(ご・しゅ・じ・ん・さ・ま…と…お・ね・え・さ・ま・た・ち…)
 千佳の頭の中に、その言葉が浮かぶ。

 そして、また身体の奥で、熱い固まりが快感を叩き付ける。
「ご主人様って、凄いんだね…お姉様も…」
 優しい言葉は、千佳の心を擽り、蕩けさせた。
(りょ・う・け・ん・さ・ま…お・つ・は・さ・ま…ゆ・う・は・さ・ま…み・ん・な…す・ご・い・の…)
 千佳が蕩けた表情で、懐かしい顔を思い浮かべた時、どこか遠くで耳障りな音を聞いた。
 その音を掻き消すように、耳元で女性の声が割って入り
「千佳ちゃん…。可愛いわよ…偉いわね…頑張ったわ…」
「頑張り屋さん…凄いわ…お利口ね…千佳ちゃん…」
 心地よい涼やかな声で、千佳の耳元に優しく囁く。

 陶然とする千佳の耳に、突如
「え〜〜〜〜っ!」
 大きな声が、飛び込んで来た。
 千佳の身体がビクリと震え、急速に瞳に力が戻り始める。
 その時、真っ先に千佳が確認した物は、昌聖の圧倒的な支配者の瞳だった。
(きれい…)
 千佳は、思わず昌聖の瞳に吸い込まれる。
「もう、爺ちゃん、僕が女性を傷つける訳無いだろ…。大丈夫だよ、今目の前にいるから。うん、変わるね」
 昌聖は、携帯電話で一頻り話し、目の前の千佳に
「ご主人様だって…」
 携帯電話を見せて、耳に宛がってやった。

 あまりに唐突な言葉に、千佳はクエスチョンマークを乱舞させながら、携帯電話に意識を向けると
『千佳か…。無事…らしいな…。話は付いた、帰って来い…』
 低く響く良顕の声が、耳朶を打つ。
「あっ、ご、ご主人様…?」
 突然の良顕の声で、千佳はパニックを起こし掛けたが、スッと携帯電話を取り上げられ
「もしもし。返すのは、良いんですけど。少し時間を貰えますか? ちょっと、身繕いと栄養補給しなきゃ…。女の子ですし」
 昌聖が悪戯っぽく告げると、千佳はその状況に気が付いた。
 千佳は昌聖にしがみつき、貫かれていたのだ。
 しかも、無意識のうちに腰を自分でくねらせて、抽出をいまだに繰り返している。
「きゃぁ〜〜〜っ!」
 千佳は思わず悲鳴を上げ、その瞬間
『どうした! 何か有ったのか!』
 良顕の鋭い声が、問い掛けて来た。

 昌聖が肩を竦めながら戯(おど)けて見せ、携帯電話を差し出すと
「な、何でも有りません…。本当に、何でも有りませんから…」
 千佳は、クスクスと微笑む昌聖の顔をチラチラと盗み見ながら、顔を真っ赤に染めて、良顕に告げる。
「そうですね、2時間程待っていて下さい。はい、分かりました」
 昌聖が良顕との会話を終え、携帯電話を切ると
「えっと、千佳ちゃんの尋問は、終わりです。今から、千佳ちゃんはゲストだよ」
 昌聖は明るい声で、美咲達に告げると、美咲達は深々と頭を下げて
「畏まりました、ご主人様」
 にこやかに微笑みながら、昌聖に答える。

 そして、スルスルと昌聖に近付くと、微笑みを浮かべたまま、千佳の絡みついた四肢を丁寧に昌聖から引きはがし
「汚れたお体をお清めしますね」
「乱れた御髪も整えませんと」
「お食事は、今は軽い方が宜しいですわね」
「お飲み物も、多めにお取りにならないと」
 微笑みを貼り付けたまま千佳に告げ、4人で抱えながら連れて行ってしまう。
 昌聖はその様を見て、クスクスと微笑むと、表情を引き締め
「でも、一体どこの組織だったんだろう…」
 ぼそりと呟いた。
 一也は、昌聖にマテリアルの情報を一切流さず[話し合いが付いた]とだけ伝えたのだった。

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