狂牙
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■ 第5章 血の連鎖14

 顔を引き締めた宗介が
「で、どんな状況なんですか?」
 一也に問い掛けると、一也は宗介を手で制し
「今日は、店じまいじゃ。ちと外に出るかの…」
 チラリと警備カメラに視線を向けて、腰を上げる。
 その動作を素早く理解した宗介は、顔に更に緊張を浮かべた。

 KO.堂を閉めた一也は、宗介とデュディェを伴い小さな小料理屋に向かう。
 まだ開店の時間ではない、暖簾も出ていない店の引き戸を、一也がおもむろに開けると、店の女将がカウンター内で仕込みを行っていた。
 店の女将は、扉の開く音に驚いて顔を上げ、一也の顔を見ると華のような笑顔を浮かべ、その奥に連れが居る事に気付くと、直ぐに営業用の微笑みに変える。
 一也が店内に有る[美津子]と書かれた暖簾を潜ると
「いらっしゃいませ。奥で宜しいですか?」
 しっとりとした、30代後半の和風美女の女将が、軽く会釈して襖で仕切られた座敷を手で示す。
「儂の身内じゃから、気にするな…。宗介、腹は減っとるか?」
 女将に軽く手を振り、宗介に問い掛ける。

 女将は、一也の問い掛けを補足するように
「少しお待ち頂ければ、見繕ってお出し出来ます…」
 一也に告げる。
「うむ。なら、先に粗方の話しをしておこうかの…。お前は、儂が呼ぶまで来なくて構わん」
 一也は鷹揚に頷いて、奥の座敷に向かった。
「畏まりました。先にお飲み物の方だけ、ご用意させて頂きます。いつもの物で宜しいでしょうか?」
 女将は頭を深々と下げ、一也の指示を受け取り、問い掛ける。
「ああ、儂は構わん。宗介はどうする? 儂は、芋焼酎じゃが、お前も呑むか?」
 女将に返事を返しながら、宗介に問い掛けると
「いえ、私は止めておきます。何が有るか解りませんので」
 宗介が、頭を下げて断り
「私。日本酒ね」
 デュディェが手を挙げて、女将に告げた。

 奥の座敷に入り飲み物が用意されると、一也が口を開き事のあらましを告げる。
 その話が進むに連れ、宗介とデュディェの顔が、険しく強ばった。
「で、その叶とか言う男…。そこまで信用出来るんですか?[マテリアル]なんですよ…?」
 宗介の表情は、あからさまに良顕に対する不審で満たされている。
「ああ、儂は信じられると判断した。お前なら、どうする? 自分の奴隷を[身内]と言い切り、その身柄を敵の直中に取り返しに行けるか?」
 一也の言葉に、良顕は考え込み
「逆の立場なら、俺は先ずしません…。そんな事をしてたら、命がいくつあっても足りません。いや、それ以前に自分の足枷と成るそんな状況を作る事もしません。御老、俺が特定の奴隷を作らない理由はお知りでしょう…」
 苦々しげに、一也に感想を告げる。

 一也はコクリと頷きながら
「そうじゃ…。あんな狂人共の中で、あ奴は素面(しらふ)を保ちながら、それを貫いて居る。儂はそれだけで、あ奴を信じたし、あ奴が戦ってる相手を聞いて、更に気に入ったんじゃ」
 ニヤリと笑って宗介に告げた。
「戦ってる相手? それ、誰ですか…」
 宗介が訝しげに顔を歪め、興味深そうに問い掛けると、一也は一拍間を置いて悪戯っぽく笑い
「驚くな。あの、天童寺じゃ…」
 宗介に良顕の相手を告げる。

 宗介とデュディェは、その名前を聞いて顔を引きつらせ
「て、天童寺って…。あの、天童寺ですか? 日本のトップで、組織の最重要標的20人に入る…あいつなんですか?」
 宗介が声を裏返しながら問い掛けた。
「おう、そうじゃ。あ奴は、どうも[マテリアル]の中でも疎まれとるみたいじゃ。今回の仕掛けは[制裁]の色がかなり濃い。まぁ、これが[騙し]なら、儂は潔く除名に成ってやるわい」
 一也は真剣な表情で、宗介に答える。
「御老…」
 一也の決意に宗介が絶句した。
 組織の[除名]は、[除命]と同意語でその命を代価とする。

 重苦しい雰囲気の中、食事が運ばれ3人は無言で食事を採った。
 小1時間が経ち、無言の食事も終わりに近付くと、一也の携帯電話が軽快なポップスを奏でる。
 一也がズボンのポケットから携帯電話を取り出し、相手を確認すると
「どうした昌聖? 何か用か」
 一也が電話口に問い掛けた。
『爺ちゃん! 美由紀と連絡が取れない…。携帯のGPSも作動して無いし、そっちで何か情報無い?』
 緊張した声で、早口に昌聖が問い掛ける。
「美由紀ちゃんが?」
 一也が問い返した時、直ぐに頭の中で良顕のワン切りを思い出す。
(ま、まさか…。この事の連絡か!)
 一也の顔から、サッと血の気が引き
「昌聖、軽々しく動くな! 今から、宗介と館に行く。全員を揃えておけ!」
 昌聖に強い言葉で、指示を出し宗介に目配せする。

 宗介は一也の指示を受ける前に、携帯電話で連絡を入れ、車を回す指示を出していた。
 一也達が座敷を出て、女将に言葉を掛ける間も無く、小料理屋の入り口を開けると、ベンツのセダンが2台、目の前の路上に停車する。
 前のベンツの運転席が開き運転手が降りて、そのまま後ろに止まったベンツに乗り込むと、後ろのベンツはそのまま走り去って行った。
 放置されたベンツの運転席に宗介が乗り込むと、同じタイミングで助手席にデュディェ、後部座席に一也が乗り込む。
 宗介はドアの締まる音をタイヤのスキッド音で掻き消しながら、車を走らせる。

◆◆◆◆◆

 館に着いた宗介達は、直ぐに玄関を潜りリビングに向かった。
 リビングには、昌聖が腕を組んで仁王立ちに成り、正座する美咲、歩美、佐知子に話を聞いている。
「って、事は…。美由紀は、葛西家の情報を知っていたって事だね…」
 昌聖の苛立った問い掛けに
「はい、あの時の情報が、葛西家の物だとしたら、リビングを片付けた美由紀が、目にしていた筈です…」
 美咲は、何ら悪くは無い筈だが、昌聖の言葉に小さくなって、責任を感じている。
 それどころか、昌聖に褒美を貰っていた歩美も、全く関係のない佐知子まで、項垂れ小さく成っていた。

 その姿を見た、一也が昌聖を一喝する。
「馬鹿モンが! 自分の未熟を棚に上げて、奴隷達に八つ当たりとは、何を考えとる!」
 リビングにビリビリと響く一也の声に、昌聖が顔を跳ね上げた。
 顔を跳ね上げた昌聖は、鋭い視線で一也を見詰め
「未熟者? ああ、未熟者かも知れない。だけど、何の説明もしない、爺ちゃんにも責任は有るよ! 啓一の絡んでる相手に、どれだけ危険があるか、何の説明も無かったじゃないか!」
 昌聖が食って掛かった。

 だが、その言葉を今度は宗介が遮る。
「昌聖…。どこの世界に[私は、危険です]と宣伝している組織が有る? 舐めるなよ…、この世界…」
 低く迫力の有る声で、宗介が昌聖を叱責すると
「昌聖…。お前が解放した次の日、千佳ちゃんがお前に接触した事、儂が知らんと思っとるのか? その時、あの子の性格なら、お前に自分の組織の名前ぐらい、伝えとる筈じゃがな…」
 一也が昌聖に止めを刺す。
 昌聖は、並べられた言葉に、ぐうの音も出ない。

 項垂れる昌聖に
「良いか、これから軽々しく動くでないぞ…。軽率な行動は簡単に死を招く…。相手は、そう言う奴じゃ…」
 一也が深い慈愛を込めて、諭すように昌聖に告げる。
「俺も全面的に、手助けする。これは、それだけの相手だ…」
 宗介が静かに告げると、昌聖は下唇を噛んだまま、ジッと俯き微かに震えていた。
 それは、怒りなのか悔しさなのか、ハッキリとは解らない。
 だが、その瞳の奥には、確かな決意が現れていた。

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