狂気の住処
ビーウスの友:作

■ 3

 月が見下ろす廃墟の中で、大月と加藤、角田の三人は部屋の各所に据え置かれた受け皿に乗った蝋燭に火を灯していく。
 電線が敷かれていないこの地域は、光源を火に依存する他ない。
「やっぱり発電機がほしいですよ…」
 思わず加藤は本音を漏らした。
 廃墟に数十本もおかれた蝋燭に百円ライターで一々火付けする手間を考えたら、妥当と言えなくもない。しかし大月も角田も顔をしかめた。
「馬鹿野郎、いくらすると思ってんだ? そんな愚痴垂れてる暇があったら、さっさと晩飯の支度をしろ」
 大月が加藤をどやす。加藤は渋々退いた。
「加藤、お前の言い分もわかるが、俺達は貧乏だ。よく考えるんだな」
 角田が言いながらフェリーから引き下げた積み荷の打ち紐を摘む。加藤は角田の作業を手伝いに、置かれた荷物の前に屈んだ。
 フェリーの積載物であるナップサック型の荷物には水と食料以外余分なものは滅多に入っていない。
 加藤には何処からこれらの物品が運行されてくるかわからなかったが、外部の誰かが何だかの契約に基づいて、仲間と手引きしているだろうことは予想していた。
 加藤は手慣れた感じに紐を解く。いつもながら角田は加藤の紐解きの手腕に驚かされる。
「どうしてそんなに簡単にいく?」
 角田は子どものように見真似してみるが、紐は余計に絡まるだけだ。加藤はその様子を横目で窺っていた。
 見るところ角田は細かい仕事には不向きな男のようだ。
「角田さん、僕に貸してみてください」
 遂に見兼ねたのか、加藤は角田の前に上体を割り込ませ、代わりに荷物の紐をほぐしてやった。おそらく荷物を詰め込んだ側の癖であろう、結び目が必要以上に複雑だった。
 角田は加藤の手先の器用さに感心したのか一度頷くと立ち上がり「荷物の取り出しはお前に任せる」などと勝手なことを言い残して持ち場を離れた。
 外に出ていく角田を恨めしそうに見送って、加藤は作業を再開した。
 入れ違いに石製の平板を引きずった大月が部屋の入り口を潜った。歯を食いしばる大月の面相はまさに野獣そのものではないか。加藤はなるべく目を合わせないようにする。
 普段、一寸暇があればとやかく詰ってくる大月は、作業に入れ込んでいる時は一言も口にしない。縞馬のように静かだ。
 それ故、何かしらやることがあるということは退屈さを紛らわせてくれると同時に加藤にとってはまたとない安らぎの一時なのである。
 加藤はあらかた荷物を解くと、中身を取り出し始めた。
 予想していたがやはり缶詰だらけだ。しかし、缶詰の多くは異種の食材が入っている、つまり果物や魚肉、スープであったりするためバリエーションは豊富だ。このことは長い隔離生活をしている仲間達に飽きを忘れさせてくれる利点でさえあった。
 また、たまに新聞や雑誌の切れ端、広告紙などが物資の包装用に使われている。周回遅れではあるが、外界の貴重な情報である。
 加藤はそれを一覧するのが楽しみだった。

 宮坂は新島を振り返る。
「新島、もう少しだ。ボートに乗れば、住処まで直ぐだからな」
「はあ…はあ…はあ」
 新島が息を荒らげた。廃墟までの実質距離の中間に差し掛かった二人は約定通り女の担ぎ手を切り替えた。しかし、宮坂が見込むほどの体力は新島に備わっていなかった。
 ぐずぐずする新島に溜まりかねて宮坂はその軟弱な男の穴を撲って、林道の先を駆り立てた。
 新島は震える両膝を何とか交互に進ませる。宮坂が先に回り込んで激励し、その向こう側には帰路のために用意されたモーターボートが浮かんでいた。
 やっとこさ新島がボートに辿り着く。新島の草臥れた背中から女を預かり、宮坂がボートに横たえる。
 新島は顔からボートに倒れ込んだ。宮坂がボートからはみ出した新島の足を納める。
 ガスタービンを始動させると、ボートは唸りだした。

 ボートは緩やかに停止した。
「新島…新島」
 宮坂が新島の肩を揺する。新島はうっすらと目を開けた。上体を怠そうに起こす。
「着いたんですか?」
 半眼で周囲を見回す新島を宮坂の足が横切った。宮坂は備え付けてあった櫂でボートを岸に引き寄せる。
「じゃ、一仕事やるか…。新島、手伝え」
 新島の髪をくしゃくしゃにして、宮坂が女の脇を持ち上げた。
 新島は寝惚け眼に女の足を見つめ、抱え込む。
 二人はボートから女を運び出した。
 住処までの道のりは短い。宮坂は新島のふらつく足つきを見て、担ぎ手は無理だと踏んでいた。自身が女を担いで廃墟を目指す。
 二人がしばらく獣道を進むと、乏しい蝋燭の明かりが点々と灯る廃墟が見えてきた。
「リーダー、すいません。自分、面目ないです」
「いいって…」
 宮坂の言葉に新島の身体が反応した。
 頭を垂れた新島が、目を見開いて宮坂を仰ぐ。
「リーダー、一生付いてきます!」
 心を打たれたのか新島の目が水気を帯びた。
「ただし…。この女を抱くのは諦めろ」
 神仏に帰依する信者よろしく凝視する新島を、宮坂は通り過ぎていく。
「そ、そんな…っ」
 直ぐ後ろを新島の声が追い掛けてきたが、宮坂は取り合わなかった。
 宮坂の目に廃墟の前に立つ男が映る。

「リーダー、遅かったですね」
 迎えに出ていた加藤が二人に駆け寄った。

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