女教師・千尋
烏:作

■ ノーパン・ノーブラ出勤2

『今日も一日、下着を着けてはいけません。一日、それで過ごしてみてください。僕は先生が露出好きな方に賭けます。センセイは、当然、そうでない方に賭けますね。センセイが勝ったら、僕が持っているセンセイの全ての情報を破棄して、二度と話すことも逢うこともありません。あ、もちろん、スカートをはいてくださいね』
タカシの言葉を思い出す。
今の状態では、彼の言葉が当たっていると言われても抗弁のしようがなかった。彼がどのようなタイミング、どのような方法で『賭け』の結果を確かめるのかわからない。しかし、彼女は少なくともこの賭けを受けざるを得なかった。受けない場合ば、全ての情報を学校関係者に送ると、彼は淡々と述べたのだった。勝てたとしても、タカシが本当に約束を守るとは限らない、むしろ守るはずがなかった。それでも、彼女には選択肢が無かった。
彼女は心を決めて、洋服を選んだ。ブラウスの上には上着をあわせ、スカートはタイトなものを選んだ。上着を脱がない限り、下着をつけていないことは分かりにくいはずだった。
しかし、これまで痴漢に遭うことが少なかった彼女が、今日に限ってタイミングを見計らったようにいたずらされたのは、ガードが甘かったせいだったろうか? 胸や尻の揺れでわかるのだろうか?
彼女は、自分の体から、男を誘引するなにかが漏れ出ていることに気づかなかった。

その日は、朝から暑かった。生徒たちの中には、紺色の上着をきっちりと着込んだ千尋を、やや奇異の目で見るものもあった。
しかし、千尋は、上着を脱ぐことが出来ない。
古い公立校にはクーラーが入っておらず、彼女はかなり汗をかいていた。上着を脱げば、下着を許されていない胸に、ブラウスが張り付くだろう。さらに、彼女は自らの乳首が硬く立ち上がっているのを自覚していた。上着を脱いだら、間違いなく、生徒たちは彼女の乳首を凝視するだろう。白い薄手のブラウスは透けて乳首の色まで分かるに違いなかった。

アメリカでの、ヌードダンサーの記憶が蘇る。
最初は、人前で全裸を晒すことが死ぬほど恥ずかしかった。いや、その恥ずかしさは決して消えることが無かった。ただ、快感に変わっていっただけである。
アジア人のダンサーは人気があった。
賞賛の視線、ベルトに差し込まれるたくさんの1ドル札、そして横を仕切っただけの個室でのパーソナルサービス……
彼女は、その仕事ではじめて、自分が愛液が多い体質だと知った。それまでは、あまり快感を感じたことも無く、セックスをするためにローションを使っていたほどだったが、男たちの視線を感じると、滴るほどに愛液が溢れるのだった。
通常、その仕事を続けていくうちに、次第に女たちは濡れなくなる。しかし、彼女は別らしかった。わずか3ヶ月で仕事を止めるまでの間、彼女の愛液が涸れることは無かった。
彼女はため息をついた。
開け放たれた窓から吹き込む風が股間を撫でる度に、彼女は自らの行為の異常さを自覚させられた。
男子生徒が、自分の尻を見ているような気がする。スカートには、もちろん下着の線は浮き出ていない。若干ヒップが大きい体型が彼女のコンプレックスであった。尻肉がゆれていないだろうか。
普段でも、彼女を見つめる男子生徒の視線はあった。彼女は若く、十分美人といわれる容貌で、人気があった。ただでさえも注目を浴びることは多く、それに慣れていたが、この際、注目度の高さは、発覚のリスクを高めることだった。
生徒たちの視線が自分を嘗め回しているような気がする。
考えすぎ、と思っても、その考えを振り払うことが出来なかった。
吐息が熱い気がする。

一時限目、二時限目……
初夏の午前が、ゆっくりと過ぎていった。
股間が湿っていることを感じる。
彼女は、自分が興奮していることを認めざるを得なかった。
今の恥ずかしい状態では、露出狂と言われても抗弁できなかった。
タカシが賭けの結果を確認するとしたら放課後にコンタクトがある可能性が高いが、何らかの方法で昼休みにコンタクトを取ることも考えられた。その前には、湿った女性器をぬぐう必要がある、彼女は考えた……。

昼休み。
5時限目が始まる10分前に、一人の生徒が職員室に彼女を訪れた。
妹と同じクラスの高校2年生、ただし、年齢は確か19歳か20歳のはずだった。シュンという名前のその少年は帰国子女で、人生の半分以上をアメリカで過ごしたと妹から聞いていた。無口で、授業中も挙手したりはしないが、発音は完璧な東部エスタブリッシュメントのアクセントで、英語だけでなく理数系の成績も良かった。特にハンサムというわけではないが、どこか日本人離れした雰囲気があり、少女たちにも人気があると聞いていた。
彼女は、実は彼が苦手だった。特に反抗的とかではないが、彼の発音の前では劣等感を感じざるを得なかった。その彼が、英語教師をおとなうのは稀なことであった。
いくつか英文法に関する質問を受けた。余程の難問を質問されるのではないかと内心危惧していた千尋は、安心すると同時に、若干不審に思ったようである。ようである、というのは、去り際に彼がささやいた言葉が、彼女の心を千々にかき乱し、全ての思惟が吹き飛んだたためである。
彼は、慎重に殺した声で、殆ど唇すら動かさず、彼女に告げたのだった。
「学校でまでその格好は止めてください。そのうちばれますよ」
茫然自失からさめた彼女は、席からゆっくりと立ち上がり、男子生徒の後を追った。
大またで歩いていく後姿を、小走りに捉える。彼が180cm近い長身であることを、彼女は初めて意識した。心を無理やり落ち着けて、彼女は話しかける。
「ちょっと待って、さっきのは何のこと?」
平静を装う彼女を、彼は見返した。視線が冷たく、軽蔑するように見えたのは、彼女の考えすぎだったのか。
「ハンバーガー屋だけで十分でしょう? 中から外は暗くて見えなかったかもしれませんが、外からは丸見えでしたよ」
彼は、やはり彼女以外には聞こえない声で囁いた。
彼は、昨夜の痴態を見ていたのだ。
そこに携帯電話が鳴った。
4回ほどコールが鳴った後、彼女は液晶ディスプレイを見た。番号は表示されていない。一瞬の躊躇いの後、着信ボタンを押し、彼女はトイレに入った。
からかうような声で話しかけてきたのはタカシだった。彼女は彼をさえぎり、声を殺して、シュンのことを話した。
皮肉極まりないことであったが、相談できるのは彼しかいなかったのである。

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