虜囚にされたOL
木暮香瑠:作

■ 堕ちたOL1

「麻希、どうしたの? 何か疲れてるみたい……」
 会社に出社し更衣室でユニホームに着替えている麻希に、佳奈子が話しかけてきた。
「うん、なんでもないよ。どこか変?」
 麻希はブラウスの上にベストを羽織ながら、いつもと変わらぬ振りを装って笑顔を作る。昨日も、浴室で自慰に耽っていた。気が付けば、浴室に倒れこんでいた。慌ててベッドに裸のまま潜り込んで眠ってしまったが、それが何時なのかさえ覚えていない。

 疲労と寝不足が、麻希の表情に麗しさを加味していた。目元に影を作り、そこはかとなく憂いを漂わせている。それは、女性の佳奈子から見ても妖艶な色香を感じた。
「どこが変わってるって訳じゃないけど……、疲れてるんじゃないならいいわよ。でも色気を感じるわね。かわいいだけじゃなく女性って感じでいいよ」
 佳奈子は、意味有り気にウインクして自分の席に向かった。

 麻希も、仕事に取り掛かった。各部署への社内郵便の配布のため、封筒を抱え配って廻った。営業部では、亮輔が忙しそうに書類をコピーしていた。今日に会議に配布するためであろう。亮輔は、麻希に気付くこともなく書類を整理し始めた。
(亮輔さん……、私に気付いてくれないの? わたしの気持ちに……)
 亮輔は、今日行われる会議で頭が一杯だった。是が非でも成功させなければいけない会議だった。麻希と自分の将来を決定付けるかもしれない大切な会議なのだ。
 そのことは知っていても何も出来ない麻希は、一人寂しい気持ちのまま営業部のフロアを後にした。

 麻希の目前に、太田親子が現われた。亮輔が推進する『取引先企業再生計画プログラム』の最終会議に招かれたのだ。会社上層部との打ち合わせにより、試行相手としての最終決断を下す為の会議である。
「いやあ、麻希さん……、お久しぶり。元気でしたか?」
「……」
 太田幸造の声に、麻希の表情が凍りつく。
「この前お会いしたときより、一段と色っぽくなられましたな。ほんの四日間の間に……」
「本当だな、おやじ。どんどん美しくなられる……」
 太田親子の四つの目が、鋭い視線を麻希に這わせる。服を透かして秘部を覗くような執拗な視線が、麻希の羞恥心に突き刺さる。
「いやっ……」
 麻希は、小さく呟き頭を俯かせた。床まで落とそうとした視線が、ゆっくりと停止する。止まった視線の先には、太田幸造の出っ張った腹が麻希の視界を遮った。ボタンを留めずに着たスーツの前裾の合わせ目が開いていた。隙間から覗くズボンの股間部が大きく盛り上がっている。
(ああ……)
 キュッと子宮が疼く。麻希は自分の視線が向けられている先に気付き、慌てて顔を横に背けた。恥ずかしさと共に身体の芯が熱くなる。
(いやっ! どうして? 何故あんなところ見てたの……)
 麻希は理性で否定するが、四日前のエクスタシーの燻り火が燃え上がろうとしていた。

 俯き頬を染める麻希を見詰めていた太田は、名残惜しそうに先を急いだ。
「大切な会議があるので、失礼しますよ」
 太田親子は、麻希に背を向け営業部会議室に向かった。その背中を麻希の瞳が睨みつける。
「いやっ、どうして……。いやよ、あんな男……」
 麻希は、立ち竦み膝を振るわせた。


 定時退社後、麻希は『バー・ヘブン』にいた。目の前に置かれたグラスには、『ピンク・ヘブン』が満たされている。
 四日間も亮輔とまともに話をしていない。会社にいても、太田幸造が同じ建物の中にいると思うと気が気ではなかった。自分の癒される場所は、どこにも無かった。
 唯一、全てを忘れさせてくれたのが、昨日、『ピンク・ヘブン』に酔い行った自慰だった。
「亮輔さんが悪いの……。会ってくれないから……」
 俯いたまま小さな声で呟く。麻希は、弱い自分を何とか正当化しようとする。昨日の甘い官能が忘れられない。いやっ、昨日だけでない。四日前、この店で味わった絶頂の記憶が消せないでいた。
 麻希は、震える手でグラスを唇に運んだ。

「ふうう……」
 一気に飲み干し、大きく溜め息をつく麻希の目の前に二杯目のグラスが置かれた。
「ありがとうございます」
 断ることもなく、麻希は二杯目のグラスに指を掛けた。

 その時、携帯が鳴った。麻希は、震える手で携帯を耳まで運んだ。
《 麻希、やっと終わったよ! 太田産業の取り引き停止も免れることが出来た。麻希、これでお前も怯えることはないんだ。秘密をばらされる事もないんだ 》
「うん……、あ、ありがとう、亮輔……」
 麻希の瞳が涙で潤んでくる。嬉しさからなのか、亮輔に対する罪悪感からなのか、我慢してもどんどん涙が溢れてくる。
《 どこにいるんだ? マンションか? 会おう、会いたいんだ。今すぐ…… 》
 亮輔の優しい声が、耳元で呟いている。麻希は、一瞬、言葉を出すことに躊躇したが、落ち着いた、しかし小さな声で居場所を告げ始めた。
「ええ……、ヘブン、バー・ヘブンにいるの……」
 麻希の小さな声が、電波に乗って送られた。

 あの忌まわしい場所を聞いた亮輔の表情が強張る。
《 酔ってるのか? 呑むんじゃな、ない! いいか! 酒なんか呑むんじゃないぞ。今すぐいくから…… 》
 携帯から亮輔の怒鳴るような声が漏れてくる。
「うん、うん……。辛いの、我慢できないの……。早く来て……」
 麻希は、亮輔が携帯を切ったのにも気付かず話し掛け気続けていた。

 亮輔の忠告にも拘らず。麻希は二杯目のカクテルに口をつけた。
「はあ……」
 大きく吐いた息が、甘く切なく麻希の鼻腔を擽った。カクテルは、胃に染み渡り麻希を紅潮させた。目元が朱に染まりトロンとしてくる。疲れた表情がそこはかとなく色気を醸し出した。
 下半身の奥が熱くなってくる。燻っていた種火が、その支配を広げていく。
「ああ、亮輔さん……、早く来て……。あん、我慢できなくなっちゃう……」
 呻きにも似た呟きが、濡れた唇から漏れた。

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