緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第三話2

「あたし天宮霞、さっきも言ったけど師範の妹ね。おねーちゃんは?」
メニューを受け取って席に着くと女の子は天宮霞と名乗った。遥は、
「私は、青山遥」
と名乗った。すると霞は喜んだ。
「わぁお!あたしもおねーちゃんも"あ"だ。"あ"だ!あたしより出席先に呼ばれる人初めてだよっ」
こういう事に喜ぶ辺りは小学生らしかった。大体クラスは25から30人だから名字があ行処か"あ"そのものなら自分が一番先に呼ばれるのは確定事項だった。いつもそうだからたまには二番目三番目に呼ばれてみたい気持ちは理解出来た。因みに遥はそれが叶う事はなかったが───。霞はその後真顔に戻り、
「で、しぼーどーきって何なの?」
と聞いた。普通なら、何で空手をやりたくなったの?と聞けばいいものを、覚えたての言葉を使う辺りも小学生そのものだった。遥は顔を背け目を伏せ、好奇心で迫って来る霞に目を合わす事が出来なかった。すると霞は再び核心に迫る。
「まさか、さっきあたしが言った通りなの?誰かに仕返ししたいの??」
霞の質問に遥はコクリと頷いた。しかし霞は首を振った───。遥は霞のその行為に対して、やはりそういう目的の為に武道は教えてくれないのだ、と思った。しかし、
「でもおねーちゃんが話してくれないとやだよ。うちは自分の事は自分でせきにんもつ、だからね」
と遥の思ってた事とは別の理由が返って来た。そして、
「あたし、今日暇だから夜になってもいいよ」
と言った。遥は首を振って、
「ごめん……話すよ」
と言った。


遥は小夜子とそのグループに数々のいじめを受け、そして高校を退学してしまった事まで何から何まで包み隠さずに話した。そして霞はただ頷いて聞いていた。普通なら小学生の相談に高校生が乗るものであるが、立場が完全に逆である───。
「多分空手は駄目だろうなー。だって、技だけじゃなくて心も育てるとか言ってるんだもん。ちょっとあたしには難しくて分かんないけど」
霞は遥が話し終わった後に言った。兎に角何をやるにしても服を脱がされていじめを受け、何回かは気絶までしてるという───、オナニーについては第二次性徴も来て無ければ性教育も受けてない霞には分からなかったがそれを差し引いても仕返しをしたいという幸せになる事を放棄してまで仕返しをしたい遥の気持ちは理解出来た。しかし師範の妹として聞いてる以上はそう答えるしか無かった事も理解していた。遥は予想してた通りの反応に顔を覆った───。多分この道場でなくても正直に習いたくなった動機を言えばどこの道場でも断ってくるだろう、と思った。やはり自分は弱いままで満足して自分を慰めていくしか無いのだろうか───と悲しくなった。

「どうしても───なら、あるけど……」
霞は余り気が進まなそうな表情で言った。遥は顔から手を退けて、
「何でもいいから教えて下さい」
と言った。霞は、
「おねーちゃん、あたしが近付いた時に全然気付かなかったでしょ」
と言った。遥は、
「あ……うん」
と答えた。霞は、
「まあ、あれはね」
と言って立ち上がり、音も立てずに素早く移動し遥の隣に座った。そしてニッコリ笑って、
「あたしは下手だからこんなものだけどね」
と言って同じ様に音を立てずに移動して対面の席に戻った。それから、
「このステップ覚えるだけでもかなり役に立つと思うけど、良く漫画とかにある───」
と言った。遥は今の霞のステップを見て興味津々になり、
「何でも───何でもいいです。私、強くなれるのなら……」
と言った。吸収できるものは全てしておきたい、襲うにしても先に気付かれたら意味が無かった、小夜子自身あれだけ強い影響力を持っている以上何らかの格闘技をやってるかも知れないとも思えたからだった。霞は遥の気迫に少し押された。

「解った。お姉ちゃんに話すから。お姉ちゃん───師匠は明日は空手の方で手が離せないから遥お姉ちゃんは、明後日公園に夕方六時ね」
霞は時間と場所を指定した。遥は、
「うん───ありがとう。その時間に行くから」
と答えた。すると霞は、
「何があっても───知らないからね」
と流し目でゆっくりと喋った。遥は霞のその表情に寒気を感じたが、失うものなんて何も無い、やるしかない、と心の中で気合いを入れた。

約束の日の約束の時間に公園に行った遥は、昼が長くなった事を感じていた。そして高校に入学してから暫くするとそれさえ感じる余裕が無かったことを思い出した。あの"補習"を受けさせられてた後、帰る時は周りが明るかったのか暗かったのか───それすら思い出せなかった。
しかしそれらは終わった事、余計な事を考えるのは止めた。そうしていたら霞が来た。初めて会った時と同じ様に霞は音を立てずに来たので遥は驚いた。霞はそんな遥を見て楽しそうに、こんばんは、と挨拶をしそれから、
「制服で来たんだ。まあ何で来ても一緒だけど───ね。でもスニーカーは正解か。革靴だったらそこに着けるかどうかも解んなかったからどうしようかと」
と言った。遥は霞の言った意味が解らなかったが霞は構わずにいた。。

その後一台の車が迎えに来たので、霞は遥にその車に乗る様に言い、遥は言われた通りに乗った。その車はいわゆる高級車で、しかもオーナーカーではなく法人需要向けに造られた国産車だった。しかし、普通の車と違うのは、後席に乗ると、窓は漆黒で何も外を見ることが出来ず、運転席と助手席、前席との間にも仕切りがあって前が見えなかった。まるでこの車の後席だけが違う世界へ旅立つタイムマシンと言えばいいのか、それとも某猫型ロボットの出す不思議なドアみたいな世界なのか、どれにせよ行ったら戻って来れない特等席の様だった。
「では出発します。シートベルトをお締め下さい」
初老の男性の声が"正常な世界"である前席から聴こえて来た。遥は、異世界でも何でも受けて立つ、と思いシートベルトを締めた後、両拳を握り締めて膝の上に置き、
「よろしくお願いします……」
と緊張した表情で言った。すると横から、
「そんなに固くならなくてもいいよ、遥お姉ちゃん」
と声がした。見ると右の席には霞が座っていた。歩くだけでなく車に乗るのにも音を立てないのかと思ったので聞いてみると、
「無理無理!音立てないで車に乗るなんて」
と言いながらシートベルトをした。きちんとバックルはカチャッと、しかしながら上品な音を立てた。
「どんなに静かにドア閉めても今の音位は出るよ」
霞は笑いながら言った。まるで、ならなぜ遥より後に乗った霞が全く気付かれずに乗れたのか、その謎を解いてみなさい───と言われてる様だった。

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