緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第三話4

霞は少し開けた場所に出ると、
「ここだよ。疲れたでしょ」
と言って今まで音も立てずに歩いていたのに、足元の小石をガシャガシャ鳴らした。そして、
「ホラ、もう来てるよ───」
と言った。遥は、
「え?何が?」
と聞くと、霞は、
「こんな山奥に師範のお姉ちゃん以外誰が来るのよ」
と遥のボケに突っ込みを入れて灯りが漏れている小さな建物らしきものを指差した。どうやらそこに霞の姉である師範がいるらしかった。
「おねーちゃん!来たよ!」
霞が小屋に向かって叫んだ。それから暫く待ったが、一向に姉が出て来る気配は無かった。真っ暗な車に閉じ込められ、その後長い山道を歩き漸く来ただけに遥は待ちきれなくなり、
「霞ちゃん、お姉さんは何時出て来るの?」
と聞いた。すると霞は気配を感じたのか戦闘体勢に入り、
「もう───来てるよ。すぐそばに」
と緊張した表情で答えた。今まで遥と話していた時とは全く違い、一つ油断したら命は無いかも知れない位の緊迫感があった。
「後ろ!」
「えっ……」
霞が叫び、遥が振り返った瞬間、腕を取られ首を絞められた。
「あ……ぐっ。な……何……??」
遥は何とか声を出すと、首を絞めた者は力を緩めた───。その瞬間、遥はその者に違和感を感じた。遥はブレザーを着ていたがその上からでも解る、相手の肌の感覚───。
相手が遥を解放すると、遥は崩れ落ち、膝を着き両手を首に当てて咳き込んだ。
「お姉ちゃん、この人がお客さんだって」
霞の言葉に遥は霞を見た後、姉を見た。
「……え───?」
遥は驚いた。何故なら、両足には足袋の様な物を履き、目線を上げていくとスラッと伸びた綺麗な足、そして更に上を見ると───。腰に着けてる筈のものが無い。足を出しているならスカートなり霞の様に半ズボンを穿いていたりする筈だが、遥の目に入ったのは白、又は薄い色物かもしれないが、綺麗なパンティだった───。
そして更に目線を上げると上半身も服を身に着けていなかった。綺麗な腹部と腰のくびれは師範と言われるだけあって鍛えあげられている様に見えた。そして胸にはパンティと同じ色のブラジャーを着けていた。
更に上に視線を移すと、顔には不思議な色を釀しだす面を着けていて遥を見下ろし、癖のない長い髪を後ろで束ねていた。
夜の僅かな光が川に注ぎ、その光が乱反射して一部がその女性の面に当たると光の加減によって僅かながら面の色が変わってユラユラと見えた───。

「妹から聞いたわ───貴方が青山遥さんね」
彼女はそのまま微動だにせず、遥を見下ろしたまま言った。後ろで束ねた髪が風に揺られて彼女の背中を擽ったが、意にも介さなかった。遥は不思議な面で見えない筈の彼女の視線に釘付けられ全く動けず、しゃがんだままの状態で、
「───はい」
と答えるのが精一杯だった。彼女は、
「私は天宮希美。霞の姉で桜流忍術を教えてるわ」
と自己紹介をした。そして、
「ここに来た経緯をもう一度話すのは面倒でしょう───妹から詳しく聞いてるから、いいわ」
と言った。希美の背中を髪がもう一度擽る。希美は面を直し、
「貴方があと三分遅かったら良かったけど───まあいいわ」
と言って遥から視線をそらして空を見上げた。それから、
「貴方に聞きたいのは一つだけ───」
と言った。遥は、
「一つ……ですか?霞ちゃんは、お姉さんは空手もやっているんだけど、私がそちらの道場に行っても多分入れない、入門させて貰えない、って言ってましたがそれと関係あり……ますか?」
と聞いた。希美の迫力と殺気に遥は動けないでいるが、突っ込みたい事はいくつかあった。何故希美は面をしているのか、そしてブラジャーとパンティ、そして足袋しか身に着けていないのか───?しかし、それを聞く余裕は無かった。
「あるわ。空手道場は貴方の将来を奪うモノではないから───。でも桜流忍術は違うわ」
と答えた。そして、
「貴方のこれからの人生と忍術とを秤にかけられる?」
と聞いた。まるで忍術を覚えたらこの先の人生は無い───希美に、引き返すなら今のうちだ、と念を押されているのかと思った。
忍術とは意外だったが、そう聞くと、今までの霞の能力と言えばいいのだろうか───?音を立てずに歩いたり山の中でもまるで平地の様に移動したりすることが説明できる、と思った。
「わ……私。桜流忍術ですか?それを習いたい───です。教えてください」
遥は言った。同級生にいじめを受けて高校を退学する所まで追い詰められ、家族には冷遇されて挙げ句の果てには事実上追い出され───これ以上何を失うのだろう?ただ失うだけならどうせ幸せになる事を放棄した身である、何か一矢報いてやりたい、そう思っていた遥は迷う事なく忍術を教わる事を選んだ。
すると、希美は一回頷いた後、
「解ったわ───なら教えましょう。厳しいけどついて来なさいね」
と言った。これで遥と希美の間に師弟となる契約が結ばれた。その時風が希美の髪を揺らして背中を擽った。希美は再び遥から顔をそらして風の吹いて来た方向である川の方へ顔を向けて、
「今日はいい風ね───」
と言うと、背中に両手を回した。遥は希美が風を利用して何かを始めるのかと思った、いや、始めるという程大袈裟では無くとも何か一つ小技でも見せてくれるのかと思った。

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