緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第三話7

河原には誰も居なかった。昼間に来るとまた印象はガラッと変わった。空を挟む様に立つ山々は夜の不気味さは全く無く、逆に山を覆う森の営みを見せていてくれた。上空は風が強いのだろうか?両方の山頂の方から木々のざわめきが聞こえてきた。そして山の間を埋める空には雲一つ無く、何処までも吸い込まれそうな青空だった。
遥はそんな風景を見渡した後、師匠である希美を探した。先ず挨拶しなければならないだろう、とその辺は中学生時代に部活でキッチリとやって来たので、挨拶から始まらないと気持悪かった。
辺りを見渡しても居ないという事は、小屋の中にいるのでは無いかと思った。そして小屋に向かおうと足を向けた時、
「こんにちは、待ってたわ」
と声がした。遥は左から声が聞こえたので左を向くと希美が立っていた。
「あ……!こんにちは」
と遥は驚きながらもきちんと頭を下げた。その時に希美の頭から足先まで視界に入ったが、夜に見るのと印象が多少違った。
七色に光る面を着けた顔。少し茶色掛った癖の無い長い髪を後ろで一本に束ねていた。体は、上半身は何も身に着けていなく、綺麗な肌を惜し気もなく晒していた。肩から腕の線を見ると柔らかそうなナチュラルな筋肉だと感じた。乳房は同性として正直羨ましい弾力と形をしていた。乳首も生々しいというか───、
「勃って来るのは本当かしら───」
と小夜子にオナニーをさせられた時に言っていたのを思い出し赤面した。というのは遥に比べて勃ってる様に見えたからだった。もしかしたらこの人は自分の体に絶対の自信を持ってるからこそ服を着ていないのかも知れない、そしてそれが快感なのかも───と。
そして鍛えあげられた腹部、男性みたいにバキバキに割れている訳では無いが、女性特有の皮下脂肪に隠れながらも筋は見えていて、相当なトレーニングをしているのは容易に想像がついた。
そして腰のくびれと、唯一身に着けている桜色の生地に赤いリボンの付いたパンティ───。
「あの……夜に薄い色は目立ちません……か?」
遥は昨日も何となく思った事を、場違いとも言えるのかそれとも言えないのか分からないが聞いてみた。すると希美は、
「お洒落よ───」
とだけ答え、上から親指を通して軽く上げる様にパンティを直した。確かに桜色で可愛かったりするし希美の素晴らしい体に似合っていた。他の服を自分の意思で脱いでおいてこの答えだった事を考えると、希美はパンティ一枚姿が相当好きとしか思えなかった。
更に下は素晴らしいとしか言えない長くて綺麗で張りのある足が伸びていて、その張りはここで鍛えられたからこそのものだと思った。そして最後に、足首より下は白い足袋を履いていた。

「早速始めましょう。貴方にまずやってもらうのは……」
と希美は言った。そして顔だけ小屋の方に向けた。
「貴方の面を持って来るから、服を脱いでなさい」
と言った。遥は、
「はい」
と返事した。やはり最初にやる事は服を脱ぐ事だった。希美が地面を滑るように走って面を取りに行くのを見てから遥はブレザーのボタンに手を掛けた。

遥は服を持っていない訳では無く、高校生活には相当な未練があった為に制服を着ていた。時間が経てば普段着で来る事もあるだろう───。まあもっとも今はその制服を脱いでいるのだからどうでも良かった。
「希美さんみたいな体じゃないんだよなぁ……」
遥はブツブツ呟きながらブレザー、スカート、そして小夜子に短く切られた蝶ネクタイを外し、ワイシャツも脱いだ。遥は模様の入った白のブラジャーとパンティの下着姿になり、足には紺の靴下と黒のスニーカーを履いていた。そして脱ぐ時に落としていったので遥の周りには服が散乱していた。
しかしまだ身から外さなければならないものがあった───。
パンティは希美がお洒落と言い切り、気に入っている位だから絶対無い。靴下と靴は希美も足袋を履いてるから恐らく脱がなくて良いだろう。となると外すのはブラジャーしかない。師匠と同じ様にパンティ一枚姿になって面を着けて修行するのだ───。
遥はゴクリと唾を飲み込み、恥ずかしさに顔が赤くなってくのを感じながら地面を睨むように見て唇を噛んだ。ここには希美しか居ないし、他に来たとしても霞だけである。しかも二人共、遥がここに来て忍術を身に付けたい理由も知っていたが、それでも火傷の痕が醜くついて化膿するのは何とか防いだがジクジクと痛みがある、右の乳房を晒したくは無かった。
暫く悩んでいたが、自分をこうまでしたのは誰か。そして自分はその者に対してどうしてやりたいのか。それをもう一度問い直した。ここで拒否をして忍術が習えなくなったらまた、小夜子の影に怯えなければならなかった。
「そんなの……もう嫌だ……」
遥はきつく目を閉じて首を振り、意を決して両手を背中に回しブラジャーのベルトを摘み、ホックを外した。と、その時、
「ストップ!」
と希美が制止した。遥は面を持って戻って来た希美の方に真っ赤になった顔を向けて、
「ブラ、外さなくていいん……ですか?」
と背中に手を回してブラジャーのベルトを持ったままの体勢で聞いた。すると希美は、
「本当はサッサと外して欲しいわね。でも、ノーブラで激しく動き回ったら貴方は乳房を壊すわよ」
と答えた。遥はそれを聞いて外したホックを留め直した。しかし、希美が言った『壊す』の意味が分からなかった。希美は遥の目の前に来て遥の顎に人指し指をあててクイッと持ち上げた。それからその指を離して自分の乳房に当てがい、
「乳房はクーパー靭帯で吊られてるからこういう風に形を保ってるのよ」
と説明し、理想的な形をしてる希美自身の乳房を擦った。そして、
「その靭帯が切れたり伸びたりするから垂れるのよ」
と言った。それから一呼吸置いて、
「そうなったら"勿体無い"でしょう。だから貴方が基礎を身に付けて上体を揺らさずに歩ける様になったらその時にブラジャーは外して貰うわ」
と言って面を差し出した。遥はやっぱり最後はそうなるよね、と思いながら面を受け取った。
ゆっくりと顔に面を着けた。顔だけでなく頬骨や顎までがすっぽり覆われる位の面積だったが、装着時の違和感は全く無かった。しかし、視界は真っ暗になりまるで一瞬で夜になってしまった様な錯覚に陥った。
「青山さん───最初の課題は、その視界に慣れる事よ。その面はまだ明るい方だけど初めての貴方には周りが真っ暗に見えるでしょうね」
希美は面と額の間に挟まった遥の前髪を出してやりながら言った。遥はその時ビクッと体を震わせたが、前髪を触られるまで希美が目の前に来た事に気付かなかったのだった。
遥は見えない恐怖に一歩後退りした。希美が───いや、見えない何かに今襲われたらひとたまりも無かった。どこから襲って来るかも分からない敵に怯え、もう一歩下がった。
「暗闇の恐怖に嵌ったわね。でもそれが正常な反応よ───。安心しなさい、貴方を襲う者は居ないわ」
希美が言うと遥は両手を胸の前で祈る様に重ね、ガタガタ震えながら、
「……で、でも───怖い」
と答え、更に下がろうとした時、踵をつまずき、尻餅をつき後ろに倒れた。何とか手を着いたので頭を打つ事は避けられた。
遥はその後横向きになり、頭を抱えて背中を丸めて震えていた。希美はその姿を見て、
「貴方の怯え方は私が思った以上ね。兎に角───私の手を握りなさい」
と言って手を差し出した。もしかしたらいじめを受けた影響かも知れない───今視界が無い遥の心の中をいじめをしていた連中が蝕んでいて、それが異常な恐怖心になっているのかも、と。

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