緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第四話4

夜───。小夜子グループのメンバーの一人が小夜子の指示通り、学習塾帰りにメンバーを襲撃した犯人を探していた。その時に一人にはなるべくなるな、とは言われていたが自宅近くまで来るとそうは行かない。一人になってしまった。
「あ、もうすぐうちに着くけど犯人は居ませんよ」
小夜子に携帯電話で連絡して電話を切った後、後ろからトントンと肩を叩かれた。
「え?」
振り向くとそこには誰も居なかった。彼女は、
「誰よ!」
と辺りを見渡した。すると背格好が真由羅と同じ位だろうか、自分より背が高い同級生が立っていた。しかし、同級生は何も言わずにいた。
「え……真由羅な訳無いよね」
彼女は言った。真由羅程忠実な奴隷は居ないし大体髪型が違っていた。真由羅はツインテールで、目の前の同級生はボブカットだったから。ツインテールの長い髪を隠すのだって相当な手間だし何かの拍子に飛び出せば正体がバレてしまうリスクは高かった。こういった状況でカツラを使って髪型を変えるのはショートカットの人がロングにする時に限る。よって真由羅の可能性は消えた。
すると誰なのか。顔を確認しようにも顔には不思議な光の反射具合いを見せる面を着けていて前髪が掛っていた───。それはまるで顔など元々無いのっぺらぼうの様だった。
「そっか、お前───。顔バレすると小夜子さんにやられるから面なんかしてるのか。ならば───」
彼女は携帯電話を取り小夜子に電話をした。小夜子に繋がったその瞬間───待っていたタイミングで風が吹いた。
同級生は風を確認するなり彼女の右手にチョップの様な攻撃を加えて携帯電話を弾き飛ばし、素早く回り込んだ後側頭部に蹴りを入れて倒した。その後落ちてる携帯電話を黒い手袋を着けてから拾い、彼女の横に置いた後動けなくなった彼女に馬乗りになってボカスカ殴った。彼女の悲鳴が電話に入り、電話の向こうで必死に小夜子が状況を確認しようとしていた。
同級生は彼女に止めを入れて気絶させた後、彼女の携帯を切り、手袋を外してポケットに入れると音を立てずに立ち去った。
この間僅か数分───近所の人達が騒ぎを聞き付けて来た時には既に同級生の姿は無かった。

一ヶ月前───、青山遥は二年間の修行で桜流忍術をかなり使える様になっていた。遥なりに手応えを感じていて、そろそろ機は熟したかな、と思った。しかし油断大敵という気持ちもあった。なんせ相手はあの市内全てに影響力を持っているのだから───。そこで師範の希美に相談した。すると希美は、
「霞と仕合してみなさい」
とだけ言った。霞は小学校六年生になり、背は大分高くなり150センチ代中盤、そして胸も出て来た。それに伴い筋力、体力もかなりついてきたので、遥の上達は早かったがそれ以上だった。

遥は霞が来ると、
「霞ちゃん、私と仕合して下さい」
とお願いした後で事情を話した。霞は、
「うん、いいよ」
と言って上着を脱いでランニングと短パン姿になり、パンティ一枚姿の遥と向かい合った───。
この日は山の中としては珍しく全くの無風でこれから来る夏を予感させる強い日射しが暑かった。遥の肌には汗が浮き、首筋の汗を気にして指で拭った後、パンティのサイドに当てて拭き、その指を尻に回してパンティを直した。
そうしながらも遥は動かず面の中から霞を見据え、風が来るのを待った。まだ遥は風を完全に感じ取る事が出来ずにいて、こういった時には動かない戦法しか取れなかった。希美ならば無風なら自分が風の様に舞うだろうし、霞も多分そうだろうが、霞は態と動かずに遥の出方を見ている感じだった。
一瞬風が吹いた時にそれに合わせて遥が一歩踏み出したが、霞は既に遥の懐に入っていた。遥はハッとしたが既に遅く、霞はそこから肘をみぞおちに入れ、怯んだ遥の側頭部に強烈な回し蹴りを見舞った。その後反対側の側頭部にもう一撃、それから正面から腹部へ一撃と入れた後、背面から後頭部へ一撃、更にもう一度側頭部へ回し蹴りを入れた。
遥は倒れなかったが、パワーが付いてきた霞の攻撃を頭に三発食らったので、立っているのが精一杯だった。意識が半分飛び構えてる余裕も風を感じる事も出来なくなり、意識朦朧としたボクサーやプロレスラーがただ倒れない為に足を運ぶ様に、フラフラな状態で両手両足を開いて何とかバランスを取り、右足を前に出し、左足を後ろに下げ、と動いていた。
霞は間合いを開けて遥の動きを全神経を使って少しの間観察した。そしてフェイクではなく本当にフラフラである事を感じ取ると一気に踏み込み正面からぶちかます様な体当たりをした。
遥は避ける余裕等無くまともに食らい吹っ飛ばされた。そして河原の地面に背中から叩き付けられその勢いで体が一回バウンドして落ち、大の字になり動かなくなった。霞は慎重に近付いた。そして遥の上半身に回ると、腕を踏み付ける様にして馬乗りになった。完全に遥を動けない様にして止めを入れるポーズをした。
「そこまでよ」
希美は霞の肩に手を置いて言った。霞は遥の体から下り、直ぐに立ち上がって、
「遥お姉ちゃんは───隠密っていうの?夜に一人ずつ倒すのがいいと思う」
と言った。希美はそれを聞いて、
「聞こえてないわ。私が後で伝えておいてあげる」
と言った。

遥が起きた時、辺りは夕方になっていた。小屋の中で横になっていた訳だが、小屋の中は二年間桜流をやってた中で初めてだった。今まで全て外で済ましていたからだった。なら雨の日はどうしていたのか───?
来なかった日もあれば、希美の計らいで空手道場の稽古が終わって門下生が帰った後に使わせて貰ったり、この小屋の軒下に服を掛けておいて雨の中修行していた時もあった。
つまり小屋の中の様子は全然知らなかったので驚きだった。見渡すと必要最小限の物しか置いてなかった。
ハンガーには希美が着ていた服、ブラウスとスカート、そしてジャケットが掛けられていて、近くの机の上にはタイツとブラジャーが置いてあった。
物はそれしか無かった。霞の物も無い───。
遥は立ち上がって机に右手をついた。そしてまだ痛む頭を左手で押さえた後、面を外した。
その時ドアを開けて希美が入って来た。手には遥の服を持っていたので今更ながら何と無く恥ずかしくなった。後ろには霞もいた。
「明日から行くのかしら」
希美は綺麗に畳まれてる遥の服を机の上、自分が脱いだタイツとブラジャーの隣に置いて聞いた。遥は面を初めて着けて恐怖心を感じたあの日から、修行の前に欠かさず脱いだ服を綺麗に畳むことをやって指先の感覚を研ぎ澄まして来た。今では面どころか見なくても畳めるレベルである───。
「はい、行きます」
遥は答えた。すると希美は、
「いくつか話して置くことがあるわ。まだ言って無かった事を」
と言った。遥は向き直り、
「はい」
と返事した───。

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