緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第四話12

遥は両手を肩にやってブラジャーのストラップを肩から抜き、その後背中に回し、そしてホックを外した。
小夜子は、この場でブラを外そうなんて何を考えてるの?といった表情をしていた。
暫くそのまま動かなかったが、小夜子の様子を見る限りまだ思い出せずにいる様だったので、
「真由羅さんはここまでしなくても覚えていてくれた」
と呟いた。小夜子はその言葉を聞いて一瞬固まった。真由羅が襲われた時───小夜子はグループのメンバーと一緒に追い詰めたと思った時に、突然来た黒い車にこの女は真由羅もろとも乗せて去ったが、その時点で真由羅は自分を襲ったのが誰であるかは解っていた、ということになる。制服を着ていて面も着けたままだったにも関わらず───。
「何故……何故真由羅は判ったの───?」
小夜子は言った。遥はそれには答えなかった。真由羅は遥に対して始めから終りまで罪悪感を持っていたのに対し、小夜子にはそれが全く無かった。僅かそれだけの違いだが、それが二人の決定的な違いだった。
遥はベルトを掴んだまま両手を前に戻し、それからカップを乳房からどけた。そしてブラジャーを地面に置いてから、
「これでも───わからない?」
暗がりの中で見た右の乳房に残っている醜い火傷の痕───。真由羅に付けられたものであるが勿論命令したのは小夜子である。小夜子は、
「約束の印───!ま……まさか……」
と言った。火傷───つまり約束の印は小夜子が目をつけグループでいじめた人誰にでもつけている訳では無かった。小夜子が屈服をさせようとした人にのみつけていたものだったのでかなり限られた。
「まさか、あなた───!?」
小夜子はその印を付けた人を一人ずつ思い出していった。付けられた人は真由羅の他に四人いたが、最近つけた一人は学校に来なくなった───中村和歌子である。そして残った中では一人を除いて小夜子に屈し今では奴隷と化していた。
つまり、屈しなかった一人が今ここで小夜子に牙を剥いたのである。約束の印を付けた次の日から学校に来なくなり、そして退学していった生徒───。
「まさか……青山───遥」
小夜子は言った。遥はそれを聞いて頷き、面を外した。小夜子は暗がりに再び目が慣れて、相手の姿を認識出来る様になると、遥の乳房に残った傷痕、そしてボブカットの髪型に似合う真面目そうな可愛い綺麗な顔───。それは間違い無く、入学してすぐにいじめのターゲットにした青山遥だった。
遥は面を静かにブラジャーの隣に置くと、小夜子の両腕を押さえ付けている足に力を入れ、
「私にはもう先が無い。だから何でも出来るよ……どうしてあげようか」
と言った。その声は入学してから一ヶ月に受けた数々のいじめに対する怒りを込めたものでも、真由羅を始め小夜子の被害者になった人達の分も、という正義感でもなく、

ただ、小夜子を打ちのめす、という作業をしたい欲求───

と言えばいいのだろうか。小夜子から見ると遥は凄く涼しそうな表情にさえ見えた。そして遥は『作業』を始めた。
襟首を掴んで激しく揺さぶり目眩を起こさせた後無理矢理立たせて殴る蹴るを繰り返した。辺りには小夜子の悲鳴が響きわたったが、校舎に囲まれた暗がりの中で、かつ外は車通りがそれなりに多い道だったので掻き消されてしまった。屋上だったら良く聴こえただろうが───。

遥は小夜子を殺すつもりは無かった。これから一生夜になる度にこの恐怖を思い出し、いじめをした事を一生後悔し続けさせなければならないからだった。しかし、形の上だけでも殺すつもりで攻撃した。
完全に立てなくなった小夜子に、再び馬乗りになり止めを入れる体勢に入った。顔にはあまり攻撃しなかったが、明らかに顔を狙った。すると、
「ゆ……許して……何でもします……から」
顔を涙でグシャグシャにして小夜子は命乞いをした。遥は今度は小夜子に逃げる意思も力も完全に無くなったと判断した。小夜子の体から降りると、
「許さない───でもあなたは殺す価値なんて無いから、この位にしてあげる」
と言って音を立てずにその場を離れ、地面に置いた面とブラジャー、そしてリボンを拾って小夜子の元に戻った。
「……何をされたのか聞かれたら、私の名前を言うなり好きにすればいいよ───。私は帰るから」
と言って遥はその場から音を立てずに立ち去った。その時風が僅かに吹いたがまるで風に乗っていった様に───。そしてその場には無惨な姿となった小夜子が残された。


遥はトイレに戻り、
「終わった───全てが」
と呟いた。小夜子の心は完全に折れた事は確信した。もう小夜子によるいじめは無くなると思った。そして自分の復讐も終わった。鞄を開け脱いでしまっておいた制服を見た。今日までの為にとっておいた制服だが、役目は終わった。
そして小夜子を打ちのめす為に全てを捧げて来た人生も終わった。これからは犯罪者として生きなければならないが、それも全て承知の上だった。


「でもその前に───色々やる事があるから」
遥はブラジャーを着け、制服を着て、リボンも着けた。面と鞄を手に持ちトイレから出た。素早く風の様に走りながら面を着け、校門を飛び越えた。
「今度こそ───さよなら」
遥はそういって走った。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊