夢魔
MIN:作
■ 第8章 隷属(美紀)2
授業が始まり、3時限目が終わり、4時限目が始まっても稔は現れなかった。
それどころか、昨夜から連絡が付かない親友の沙希も、休んでいる。
(沙希まで居なくなるなんて…。本当に、どうしよう…昨日からドンドン酷く成ってるのに…誰にも相談できない…)
美紀は淫夢の妄想が、ドンドン酷くなって来ている事に、かなりの焦りを感じていた。
美紀は一人悶々と悩んでいると、教室の扉を開いて、一人の生徒が入って来る。
「済みません…遅くなりました」
ペコリと頭を下げて、姿を現したのは、あちこちに痛々しい包帯を巻き、左頬に大きな湿布を貼った沙希だった。
その姿を見て、驚く美紀に視線を向けると、ペロリと舌を出して照れくさそうに笑い、美紀の横を通り過ぎる時に
「やっちゃった」
小さく囁いて、自分の席に着いた。
驚きの表情で、沙希を見詰める美紀に沙希は、前を指さして口を動かす。
美紀が慌てて前を向くと、英語の教師が腕組みして、美紀を見下ろしていた。
「森下さん、前田さんの格好が気に成るのは解りますけど、今は授業中よ集中してね」
悪戯っぽく笑いながら、紺のスーツに身を包んだ、テニス部顧問の霜月春菜(しもつき はるな)が注意する。
「は、はい。済みません」
美紀は首を縮めながら、春菜に謝る。
春菜はニッコリと微笑むと、教壇に戻り授業を再開した。
この学校は今年の春に、教員の大量入れ替えが有り、この春菜も今年から新採用に成った、教師1年生でまだ25歳の若さだった。
入れ替えられたのは、皆中年以降の教師で、守旧派の粛正という噂も立ったが、新しく入った教師達は皆年若い美人揃いな事から、理事長の好みではないかと言う噂に変わる。
その中でも、春菜は5本の指に入る程の美人で、スタイルも良くサバサバとした性格から、あっという間に生徒達の憧れに押し上げられた。
そんな春菜が4時限目の授業を終え、廊下に出ようとした時
「前田さんちょっといらっしゃい」
真剣な顔で沙希を読んで廊下に出る。
沙希は大きく溜息を吐いて、小走りに春菜の後に付いて行く。
教室を出た2人は、廊下の隅で話し合っている。
「沙希、貴女最近弛んでるわよ…朝練は遅刻する、練習には身が入らない、挙げ句の果てに、階段から落ちてこんな怪我まで…貴女うちの部のエースなのよ…もっとしっかりして頂戴。こんな事が続くなら、貴女の公式戦も考えなくちゃいけないわ…」
沙希は春菜の前で、シュンと項垂れ只ひたすら詫びている。
廊下の柱の影から、そのやり取りを覗いていた美紀は
(沙希が階段から落ちるなんて…普通では考えられないわ…。きっとあの夢のせいよ)
一人考えて、勝手に答えを出す。
沙希が春菜から解放され、慰めに行こうと廊下の柱の影から飛び出した時、廊下の奥から歩いて来る、一人の男子生徒の姿を見つける。
(や、柳井君! やっと…やっと見つけた)
美紀は稔の姿を見つけ、駆け出そうとした時、沙希が美紀より先に稔に声を掛けた。
「み、みの…あっ、や、柳井…君。あ、あの〜」
稔の名前を呼びそうになった沙希を、鋭い目線でたしなめ、沙希に注意を促した稔が
「何? 前田さん…又僕に何か意見でも?」
冷たく沙希に答える。
沙希はグッと何かを堪えて
「そ、そうじゃないの…あ、あの〜」
妙に歯切れの悪い物言いで、稔に答えた。
その一部始終を見ていた美紀は
(や、やっぱり…沙希も私と同じで、切羽詰まってるんだわ。今日は、何が有っても柳井君に約束を取り付けなきゃ…)
何も知らずに、獣の顎の中に飛び込んで行く。
小走りに2人の間に、身を走らせると
「柳井君…お、お願いがあるの。今日時間を、取って欲しいの…私と沙希の相談に、どんな事が有っても、乗って欲しいの! ねえ、お願い! お願いします」
深々と頭を下げ、自分と親友の悩みを解消して欲しいと、必死に懇願する。
稔は頭を下げる美紀の目を盗んで、チラリと沙希を見ると、沙希は親友の頭を下げる姿を見詰め、下唇を噛み申し訳なさそうな顔をしていた。
「森川さん頭を上げて下さい。良いですよ、今日は用事も終わった事ですし、放課後には時間が作れます。どこか、他人の目の届かないような所で、ユックリ話を聞きましょう」
稔がそう言うと、美紀はガバッと勢い良く頭を持ち上げ
「そ、それなら私の家はどうですか? 柳井君も沙希ちゃんも寮住まいだから、異性が入る訳にはいかないし、私の家でしたら部屋で話しても、邪魔は入りませんから」
ゾワゾワと膨れ上がる恐怖心と戦いながら、稔に申し出る。
(大丈夫よ…きっと…。今日はママもお仕事休みだし、沙希も一緒だもん…柳井君を呼んでも、何も起こる筈無いわ…)
美紀は一大決心で、そこまで考えて、稔を自宅に招いた。
稔は美紀に向かって静かに答える。
「解りました、では放課後、森川さんのお家に、お邪魔させて貰いますよ」
稔の静かな声に、隣で話を聞いていた沙希が、唇を噛みながら腰をブルリと震わせる。
しかし、その姿は美紀の目に止まる事は、無かった。
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