夢魔
MIN:作
■ 第19章 出張34
梓は一呼吸置いて、溝口に説明する。
「勿論誠心誠意お仕えすると申しましても、金田様の所有物に成る訳では御座いません。私はご主人様と同等の服従心を金田様にお預けし、受け取って頂いたと言うだけで御座います…」
溝口は梓の答えに首を傾げた。
「済みません梓お姉様? 服従心を預けるって言うのは、解るんですが…それを、預けると何か変わるんですか?」
溝口が開こうとした口を押さえる形で、由美子が梓に質問する。
梓は、問い掛けてきた由美子を真正面から見詰め頷くと、金田を見詰め目線で同意を受け、口を開く
「それを問い掛けて来られると言う事は、貴女はまだその域に達していないという事です。全幅の信頼と服従を預けられれば、自ずと答えは見つかりますわ。単純に世界が変わります」
梓は由美子にハッキリと、言い切った。
「同じ行動を取っていても、それが有ると無いとでは、大きな違いを感じます。感じ方も反応も何もかもね」
梓は妖しく笑うと、由美子に付け加える。
由美子はその迫力と色香に胸をドキリとさせ、頬を赤らめ溝口を見詰めた。
「信頼できるお方が、側に居られるなら…捧げてみてはどう? 貴女のような人なら、その価値を見いだせると思いますわよ…」
梓は由美子にニッコリと微笑んで、話しを締める。
由美子は心臓を鷲掴みにされたようなショックを受け、溝口に向き直ると、溝口も同じような表情で、由美子を見詰めていた。
驚き顔で向き合った2人は、無言のまま見つめ合い、どちらからともなく顎を引いて、頷きあう。
溝口は目を閉じ、呼吸を整え梓に向き直ると
「梓さん…とても厚かましい申し出なんだが…これに、教えて貰えないか? その服従心を…」
おもむろに口を開き、由美子を指し示して、梓に頼み込んだ。
梓はコロコロと、上品に笑い
「溝口様…頼まれる先が違いますわ。私はあくまで奴隷。ご主人様は、金田様です…私は、[金田様が行え]と御命じに成られる事のみを行う奴隷です」
溝口に告げる。
必然溝口の必死な顔は、金田に向けられ頭が下げられた。
事態が思わぬ方向に進み、呆気に取られていた金田が、梓に向き直ると、梓はニッコリ微笑んで金田の指示を待っている。
梓の視線だけでなく、居間にいる全員の視線が金田に集まった。
それはまるで、全ての者が主人の命令を仰ぐようだった。
今までこのグループ内での金田の力は、実際弱かった。
唯一奴隷を持たず、プレイを行う時は、プロを雇い参加している。
そんな金田が、今はリーダーのように皆が指示を待っているのである。
「梓教えて上げなさい…どうすればお前のように成れるかをな」
金田は満足げに梓に命じると、梓は深々と頭を下げ
「はい、ご主人様。仰せのままに」
金田に従い、由美子達は金田に縋り付いて、感謝を示す。
梓の存在は、それだけで金田を今までに無い位置に押し上げる。
金田にとって夢のような存在だった。
金田の許可を得た梓が由美子達の教育を始めようとしたが、由美子達は梓の傷が気になって仕方がない。
白い肌にまだらに走る傷跡が、痛々しくて見ていられないと訴える。
金田も同意する事によって、先ず梓の治療が優先された。
由美子達は梓の怪我の治療を始め、溝口が昨日の朝から食事を取っていない梓を指摘する。
驚く金田を余所に、由美子達が梓に食事を運び、金田が梓に注意しながら、全員で食事を取った。
そして、梓の講義が正午を過ぎた辺りから始められる。
梓は先ず奴隷としての見本を示し、その行動を取っている間、自分が考えている事、思っている事、感じている事を由美子達に教える。
由美子達にとって、梓の講義はカルチャーショックを受けるには充分だった。
同時にその説明を聞いていた、金田や溝口達も主人としての振る舞い方や、気持ちの持ち方を教えられる。
梓の口から漏れる言葉は、どれもが由美子達にとって[それが出来るなら凄い]と思われるレベルの物だったが、梓にとっては常に基本の考え方だった。
しかも、梓はかなり押さえた表現を使い、控え目に教えていた。
やがて深夜に成り、この旅館の主人と女将が挨拶に来て、その雰囲気に引き摺り込まれ参加する。
女将は溝口がポツリと言った言葉[彼女は毒だ…]を思い出し、震えながらその毒を夫婦して皿まで平らげる。
梓の女王様を知らない女将の縁は、身悶えながら[お相手をお願いします]と懇願し、梓に一言告げられた。
「ご主人と別れる事に成るわよ…。それでも良いなら、遊んで上げるわ…」
梓の目に、溝口や由美子が慌てて縁を止め、引き剥がす。
金田に背を向け、縁に告げた目線は、露天風呂で見せた身も凍る物だった。
正面に居て、その目線を見た者は、皆一様に梓の言葉が、冗談や誇張で無い事を理解する。
ここに居る誰よりも、梓はサディストとしても、群を抜いているのだ。
露天風呂の梓を見ていた6人は勿論だが、それを知らない兼久と縁すら、身を縮み上がらせる。
梓はこうして、主人と奴隷双方の高みを示し、金田達はその講義を一語一句聞き逃すまいと、真摯に聞き入っていた。
そして同時に、梓は奴隷としての講義行いながら、自分が触れてきた主人達のレベルの高さを痛感する。
(やっぱり、あの方達は特別な存在なのね…。それはそうね、初めて聞いたわ、自分のペニスのサイズを変えられる人…。初めて見たわ、人の心を操作できる人…。初めて感じたわ、雰囲気だけで命の危険を感じさせる人…。初めて知ったわ、羞恥の中に絶頂がある事を…。私の周りにいる方達は…みんな宇宙人…常識の外にいる人達なんだわ…)
梓は溝口を見て、その経歴を聞き痛感せざるを得なかった。
キャリア30年のサディストを名乗り、色々な女性を調教した溝口ですら、稔達と比べると、どう見ても子供のように見える。
以前稔に連れられ、調教を受けたその道のプロで有る、キサラさえ稔達の足元にも及ばなかったのだ。
この場の女性達が、自分を調教した人達に触れた時どう感じるのか、それは火を見るより確かだろう。
それと同時に、自分の愛娘がその男達に教育され、奴隷として成長する様を感じ、選ばれなかった時の事を考えると、母として女として寒気すら感じる。
(私自身ですら稔様達から離れるのを無理と感じているのに…精神の暗部から引き上げて頂いた美香や、処女を捧げた美紀は絶対に稔様から離れられない…。ふ〜…これが、もう少し隙のある方達だったらどれだけ救われたか…)
梓はこの時、初めて稔達に対する、否定的な考えを持った。
溝口が移動の最中、車の中で梓を見て金田に感じた事を梓も感じていた。
最上のモノを知ってしまっては、他のモノが全てが物足りないのである。
(私に出来る事は、自分を磨き、あの方達の側に仕える、ふさわしさを身に付けるだけ…)
梓はこの未熟な主従関係を結ぶ溝口達を、導きながら自分の進む道を見つめ直す。
だが、梓は気付いていない。
これもまた稔の教育である事に。
梓は溝口達を導き、指摘する事により、自分の中の甘さや、愚かさを見つけ出す。
梓はそれを丁寧に、取り除き[純粋な服従者]へと変わって行く。
この出張は2日目以降、梓の講義となり、由美子達は梓に傾倒して行く。
それと同時に自分自身の心を見詰め、無駄をそぎ落としていった。
この出張が終わる頃、梓はより深い場所で稔に服従し、由美子達奴隷は梓に心酔し、溝口は稔の姿を追い求め、兼久という協力者を作り、金田の心は稔に対する負の感情を消し去っていた。
金田の総合病院の玄関先で、由美子達は梓との再会を誓い帰って行く。
■つづき
■目次2
■メニュー
■作者別