夢魔
MIN:作
■ 第20章 恋慕6
絵美は5度目のコール音を聞いていた。
(11・12・13・14)
14回目のコール音が切れる前に、受話器を電話機に戻す。
こうすれば、何度掛けても通話料が発生しない。
絵美にとっては、当然の節約だった。
(純君…電話に出てくれない…。私を避けてるの…それとも、電話にも出られないの…)
絵美はいつもの姿で、小さく成って考え込む。
妹達を寝かせ、1人電話機に向かう時間は、絵美自身によって、その心を追い込む時間になっていた。
(こんな穢れた私…純君の側に居ても良いの…。例え身体だけの関係でも…側にいたい…)
(図々しい考えだわ…。私なんて、彼の側にいられる訳無い…、優しくて…お金持ちで…可愛くて…才能いっぱい…。どう考えても、私が側にいて言い訳無い…)
(でも、お金を返さなくちゃ…。でも。お金は返せない…。でも、側に居れない…。どうしよう…どうしよう…。せめて、美紀ちゃんのお母さんみたいに、綺麗だったら…)
絵美の頭の中は、堂々巡りを起こし、ドンドン落ち込んで行く。
自分自身をいじめ抜いた絵美は、まるで抜け殻のような顔を持ち上げ、電話機を見詰める。
(会えるかどうか解らないけど…伝言だけでも残そう…。私の居場所を言っておけば、いつかは来てくれる…多分…)
絵美は受話器を取って、8度目のダイヤルを回す。
15回のコール音の後、留守番電話に繋がる。
「絵美です。一度会って話しがしたいです。純君が助けてくれた公園で、3時半に待っています」
絵美は淡々と、留守電にメッセージを入れた。
メッセージを入れ終え、受話器を戻した絵美は、時計を見る。
今は11時を少し過ぎたばかりだった。
絵美が約束した時間は、隣の老婆がパートを終え、自宅に戻る時間を考慮していた。
絵美はそれを意識した訳では無いが、自分の帰りが遅くても、充分に家族が対応できる時間を告げている。
フラリと電話機の前から立ち上がった絵美は、チラリと純が買ってくれた服の入っているバッグを見る。
[今度は、どちらかを着て、デートして下さい]純のメッセージの言葉が、頭をよぎった。
(デートじゃない…私は、そんな対等に純君に会えない…。ううん…純君なんて呼んじゃいけないの…純様…それも、厚かましいわ…。工藤様…、これからは、工藤様って呼ばなきゃ…私は…穢れたゴミなんだから…)
絵美の精神は、自分をとことん追いつめ、純との立場の違いを叩き込んでいた。
(この服は、思い出…着る訳にはいかないの…。汚れた私には眩しすぎる…)
絵美は紙バッグを持ち、押し入れの襖を開け直し込む。
すると、押し入れの中に母親の荷物を見つける。
それは、母親が若い頃着ていて、今はサイズの合わなくなった、古着が入っている鞄だった。
母親は[決して開けないで]と、絵美に告げていた鞄だった。
絵美はその言葉を思い出しながら、鞄を手に取り押し入れから出す。
鞄のチャックを開けると、フワリと懐かしい臭いが、絵美の鼻孔をくすぐる。
(この臭い…嗅いだ事が有る…。小さい頃眠る時に嗅いだ、母さんの臭いだ…)
絵美は懐かしさに、顔をほころばせ、鞄の口を大きく開け、中身を確認する。
中身を確認した絵美は、それらの物を見て愕然とした。
(そう…そうよね…。やっぱり、お金が無いとこういう風に成るしかないの…)
絵美は鞄の中身を、引きずり出し自嘲気味に笑う。
絵美の手にあるのは、露出度の高い安っぽいドレスだった。
そのドレスが、どんな職業の女性が身に付けるか、今の絵美には十分に理解できた。
(母さんも女を売っていたのね…。でも、私よりマシだわ…。私は身体を売ってるもの…)
愛し尊敬していた母親の、過去の秘密を目の前にし、絵美の心は音を立てて崩れて行く。
絵美はゴソゴソと鞄を漁り、次々と服を身体に合わせる。
母親は線が細く、絵美より身長が大きいため、ピッタリと身体のラインが出る服は、物理的に無理があった。
その中で、ザックリとした作りの、ブラウスとニット系のワンピース、合成皮革のタイトスカートだけが、かろうじて絵美の身体に合う物だった。
絵美は薄いピンク色の、少しラメが入ったブラウスと、赤い合成皮革のタイトスカートを手に取り、身に付ける。
ブラウスは、乳房がぴっちりと浮き出る程密着するが、ウエスト部分はかなり余っていた。
細身の母親が着れば、恐らく優しいラインが出たのだろうが、絵美の豊満な乳房は納めるだけで、手一杯の状態だ。
合成皮革の赤いタイトスカートも、腰は綺麗に合うが、お尻はその形を正確に現している。
それは、絵美のお尻の革が一枚増えただけ、そんな表現がピッタリだった。
絵美はその2つを着込み、自分の姿を小さな鏡に映し、シルエットを記憶する。
目を閉じ何かを考えていた絵美は、いきなり目を開くと、ブラウスに鉛筆で線を入れ、タイトスカートにも書き込み始める。
線を書き込み終えた絵美は、ブラウスとスカートを脱ぎ、大胆にハサミを入れ、チクチクと縫い始める。
絵美の顔は真剣そのものだったが、その身体には何一つ身を覆う物がなかった。
部屋着は衣装を合わせるために、脱ぎ捨てたままで、下着は未だ、乾いて居らず陰干し中だった。
2時間後絵美が、無表情のまま顔を上げると、作業を止める。
絵美は再び、ブラウスとスカートを身に付け、鏡に映した。
ブラウスはそのシルエットを大きく変え、絵美の身体をピッタリと覆い、身体のラインを浮き出させている。
アンダーバストからウエスト部分まで細かく縫い取り、優しいラインを出しながらも、縊れたウエストを強調し、元々きつめだった大きな乳房の部分が、せり出していた。
袖は肩から取り除かれ、大きく脇の下が覗き、乳房の付け根がチラチラと覗く。
赤いタイトスカートは、膝下まで有ったが、大きく詰められ膝上15p程になり、フロントとバックにスリットが入っている。
動く事に支障はないが、しゃがみでもすれば、股間は丸見えになりそうだった。
露出度を高め、身体のラインを強調したのは、勿論純に見て貰うためである。
豊満な乳房、縊れた腰、大きく張ったお尻に、スラリと伸びた足。
小さな身体に、成熟した女を詰め込んだような、危ういバランスが絵美の身体には有る。
唯一自分に残された[価値ある物]を純に、値踏みして貰うためだった。
絵美は残った服を全て鞄に戻し、奥に入っていたポーチを取り出す。
ポーチの中には母親が使っていた、化粧品が入っていた。
一昔前の安っぽい、化粧品が丁寧に使われていた。
絵美の母親が、少しずつ切りつめながら買い集め、自分を飾り夜の町で働いていた事を物語っている。
その中には、試供品や明らかに統一性のない物も混じっている事から、誰かに貰った物も含まれていたのだろう。
絵美は化粧品を全てテーブルに並べ、片っ端から自分の手の甲に塗り始める。
全ての化粧品の色、艶、伸び、混ざり方を試し、化粧品を選び出す。
そして、生まれて初めて化粧を始める。
その化粧は、自分を彩るための化粧ではなく。
自分の行為を明確にし、自分の言葉を補う物だった。
そう、衣装同様自分の女の部分を強調し、純に目的を教え、蔑まれて使われるための化粧だった。
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