夢魔
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■ 第30章 圧制35
悦子は久美を携え、伸一郎の家から戻ると、時刻はキサラとの約束の時間に近かった。
悦子はキサラを待たせる事を恐れ、そのまま久美を連れて、地下1階の大調教室に向かう。
悦子が大調教室に着くと、直ぐにエレベータの方から、廊下を歩くハイヒールの音が響き渡り、悦子は緊張した面持ちで、足音の主を待った。
カチャン、キィーと鉄格子の開く音が響き、音を立てた主が大調教室に現れる。
「あら、先に来て待ってるなんて殊勝ね…。何か後ろめたい事でも有るのかしら?」
キサラが悦子を見詰め、鈴を転がすような声で問い掛けた。
キサラの声は柔らかく悦子の耳に届いたが、悦子を見詰める視線は、研ぎ澄まされた針のように鋭かった。
悦子はその視線を直視出来ずに、項垂れて震えている。
「何も弁解しないの? それは、私の思った通りの事をお前がしたと、受け取って良いのね?」
キサラの声が徐々に低く響くように変わり、悦子の身体はガクガクと震えを強めた。
キサラのプレッシャーに堪えられ無くなった悦子は、キサラの前に身を投げ出し
「申し訳御座いません! 私は用務員の谷さんに、依頼され調教の手伝いを致しました。ここに居る久美は、谷さんの調教を受け、私が飾り、今日理事長に納入されてしまいました…」
謝罪しながら、全ての罪を谷になすり付ける。
キサラは悦子の言葉を聞いて、眉尻を跳ね上げ久美に視線を向けた。
久美の首には黒首輪と金鍵がしっかりと嵌められ、伸一郎の持ち物だと主張している。
キサラは首輪を確認した後、久美を凝視し鬼のような表情に変わった。
「お前…。悦子!、やったわね! お前の仕業ね! こんな事、谷に出来る筈が無いわ! こんな高等な洗脳術、私が教えた者じゃなきゃ、誰が出来るって言うの! 馬鹿にするのも大概にしなさい!」
キサラは烈火の如く怒り始め、悦子の言い訳など聞こうとしなかった。
悦子自身、実は軽く考えていたのだ、自分が身に付けた技術が、それ程特別な物だと思っても居なかった。
それは才能の大きさと、素養の深さと、教師の優秀さが相まって、出来上がった極めて特殊な物だったのだ。
悦子は折角用意した良い訳をあっと言う間に見破られ、いきなり窮地に立たされる。
「お前私の言った事、完全に無視したわね…。良い度胸だわ、手足を引き千切って、目玉をくり抜いてやる。その上で、便所の中で飼ってやるから、覚悟しなさい!」
キサラから物理的な圧力を感じる程の、怒気が叩き付けられた。
悦子はその怒気を受け、ガクガクと震えその場にへたり込むと、カクンと首を落として、ダラリと力無く項垂れる。
キサラはそんな悦子を見詰め、失神したと判断し、ズカズカと近づいて、悦子の肩に手を乗せた。
その途端、悦子の手が動き、キサラの腕を払い飛ばすと
「クックックッ…」
地響きのような含み笑いを上げ、それを哄笑に変えた。
キサラが驚き訝しんで、悦子を覗き込むと、悦子の顔がグンと跳ね上がる。
キサラがその顔を見て、驚きの表情を浮かべると
「もう良い…、もう良いわ…。貴女要らない! 私には必要ないわ! 私は、理事長様直々に調教の許可を頂いた…。だから、貴女の言葉を聞く必要なんて、無いわ! もう金輪際、私に口出ししないで!」
悦子はキサラに向かって、啖呵を切った。
だが、その表情は言葉とは裏腹に、泣きそうな子供のように心細気で有った。
悲痛な心の叫びを上げているような表情だった。
悦子のその表情を見たキサラが、一瞬怯むと悦子は久美の手を掴み、その場から駆けだした。
キサラはその悦子の表情を脳裏に浮かべ
(何? あの子…。言ってる事と表情が、まるでちぐはぐじゃない…。まるで、誰かに強制されてる時の表情よ…)
自分の経験から、悦子の精神状態を見抜いた。
一方大調教室を飛び出した悦子は、泣きながら走り続け、頭の中の声に耳を傾ける。
(どうしよう…キサラ様に、あんな事言っちゃった…。大好きだったのに…。尊敬してたのに…どうして、あんな事言っちゃったんだろ…)
激しい後悔の念が、悦子の中で木霊すると、それを打ち消すように
(忘れてしまえば良い…嫌な事は忘れて、楽しい事だけをすれば良い…。自分の好きな事…、自分の楽しい事…、他の事は要らない…、全て望む事を望むままに…、欲望の赴くまま…、願望の赴くまま…。邪魔する物は全て排除すれば、それで全て思いのまま…)
甘く囁くように、声が響く。
その声はいつも悦子が精神的に追い込まれると、何処からとも無く頭の中に響く声だった。
その声に身を任せると、悦子の身体は熱くなり、蕩ける様な心地良さが全身に広がる。
(そう…そうよ…何も考えなくて良い…。私は、好きな事をすれば良いの…。私の邪魔をする者は、排除すれば良いの…。例えそれが誰であろうと、関係ないのよ…)
悦子は自分の内なる声に従い、蕩ける様な快感の中で答えを出し
「排除しなきゃ…。キサラは邪魔ね…」
声に出して確認した。
駆けだしていた足は、いつの間にかユックリとした歩みに変わり、悠々と歩き始めていた。
悦子はエレベータのボタンを押しながら、キサラを排除する方法を模索する。
エレベータが降りてきて、それに乗り込む頃には、悦子にとって大好きで尊敬していた師匠は死んでいた。
今の悦子には、キサラは排除すべき最大の敵だった。
悦子のこの思考の変換は、僅か数分の内に終わり、悦子の表情は酷薄さを増す。
悦子はこの後、残虐さに磨きを掛け、奴隷達を嬲り始める。
◆◆◆◆◆
白井は職員室を出ると、苛立った表情で廊下を歩き始める。
その理由は様々有り、先ずその一つは、調教が解禁に成って2日目だが、一向に調教のサポート依頼が来ない事だ。
このままでは、今月の生活費がままならない。
白井の住んでいるマンションは、家賃7万円の3LDKだったが、このままでは確実に、家賃が払えない。
それどころか、週1で通っていたエステも、頻繁に行っていたレストランにも、行ける見込みが立たなかった。
当然の様に、新作のバックも靴も服も買えない。
どう考えても、給料が30万円程足りないのだ。
■つづき
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