夢魔
MIN:作
■ 第32章 崩壊58
この事件の犯人は、既に捕まり投獄され、事件は解決を得ていた。
だが、未だに謎の多い事件とされて居る。
それは、犯人の自供は単独犯を主張しているが、どう考えても複数犯の犯行で無ければ、起こり得ない事が多々見られるのである。
しかし、警察も決定的な証拠が見つからず、事件は単独犯として片付けられ、今に至っていた。
その事件の犯人は、優秀な大学を卒業し、大学院を経て研究員と成るも、事件の半年前に職を辞し凶行に及んだのだ。
狂は新聞記事に載った犯人としての男の顔と、1枚の写真に写る男の顔を見比べる。
それは、歳月で片付けられる程、生易しい変貌ではなかった。
1枚の写真は、大学の心理療養を研究するゼミの写真で有る。
その写真の中には、東都大学と書かれた看板の前に、5人の男性が写っていた。
このゼミは有る事件をきっかけに有名になったゼミだった。
その写真の真ん中に写る50代と見られる男は、今でも一線で活躍する大学教授で、当時は助教授である。
そして、その助教授が肩を抱く男が、犯人だった。
穏やかな微笑みを浮かべ、研究者の表情をした犯人の写真からは、とても凶行を起こす人間には見えなかった。
事実、この頃の犯人を知る者の証言からは、[穏やかな好青年]と言う言葉しか出て来ない。
性格がコロリと変わったとしか、思えないので有った。
そして、このゼミを中心に、数人の人間が浮き上がって来る。
その人間達は、一様に性格が変わっていた。
その1人が、この写真の一番左端に写っている、1人の青年だった。
中肉中背だが、理知的な眼鏡の顔に、自信に満ちた瞳で、さわやかな微笑みを口元に浮かべる青年。
学生時代の小室だった。
小室の経歴は東都大学の、理学部所属で生物学を学んでいる。
小室の隣に並んでいる、青年と同郷の仲らしく、よくこのゼミに顔を出していた証言が取れていた。
学生時代の小室は優秀で、温厚な性格とさわやかな雰囲気を持ち、交友関係も広かった。
今とは全く違う性格である。
狂は溜め息を1つ吐くと、1つの新聞記事を取り出す。
その記事は13年前に起きた事件で[覚醒剤中毒者、小学校に乱入、教員生徒死亡者4名、重傷者13名]と書かれていた。
この時の児童達の心的フォローを行ったグループに、このゼミの名前が有り、特にPTSDの強い児童の治療に当たっている。
その治療を受けた児童の中に、[白井良子]の名前が有った。
白井はこの事件を機に粗暴さを顕して、数々の問題を起こし始める。
この時白井の治療に当たった医師の名は、[佐川正治]と言いゼミ内でも、1・2を争う優秀さで有り、大学院の学生ながら、治療を任される程将来を嘱望される青年だった。
同年代の卒業生で、この[佐川正治]の名前を知らない者は無く、かなりの有名人である。
だが、この[佐川正治]の容貌をハッキリと覚えている者は、皆無であった。
そして、この青年が写っている写真は、どこにも無く卒業アルバムには、名前すら載っていない。
この事に疑念を感じた狂は、東都大学のデーターベースに侵入し、学生の全データーに検索を掛け調べる。
その結果出て来たのは、[除籍処分]と言う文字だった。
そして、このゼミに訪れた、患者達のカルテに担当医師名が無い、カルテを見つける。
どれも、若い女性の患者名で、最後に[転院]と書かれていた。
そして、[佐川正治]が除籍処分に成って、3ヶ月後[Mr.S]が芸能界にデビューする。
その活動期間は、僅か2年間だったが、[Mr.S]の素顔を見た者は、誰もいないと言う。
様々な憶測記事を残しながら、決定的な証拠を残さず、[Mr.S]は掻き消すように消えた。
それが、10年前の話だった。
稔の報告書に、10年前20歳でトップアイドルの仲間入りをし、現在歌舞伎町のSMクラブで働く、女性に関する内容が有った。
[催眠による精神操作が成されており、後催眠を解除するも術者の容貌に関する記憶は全て普通だった。彼女の心身は長期間の精神操作により、後催眠を自分の物として取り込み、緩和される物の消える事は無いと思われる]
それが、世界トップクラスの心理療養士の診断結果だった。
狂はジッとディスプレーを睨みながら
「佐山…人の人生、なんだと思ってやがる…」
ボソリと呟く。
狂は全てのデーターから[佐川正治=佐山正吾]と言う答えを弾き出した。
[特徴が無い]が佐山の特徴で、そんな人間が、ゴロゴロと居る筈も無い。
佐山は闇に徘徊し、人の人生を玩具にして、楽しんでいたのだ。
狂は全てのデーターを自宅のPCに送り込み、旧生徒会室のPCをクラックさせる。
佐山の素性と所業をあぶり出した狂は、居ても立っても居られなかった。
(ぶっ潰してやる)
狂は心の中で叫び、計画を早める。
全てのシステムをダウンさせると、狂は荷物をまとめた。
狂は教頭に仕掛けさせた盗聴器を破壊すると、携帯電話を取り出しコールする。
『は〜い…。どうしたの?』
キサラが携帯電話に出ると
「ああ、これから始めるぞ…。俺が言っていたヤツ、全て集められるだけ集めろ…、手放すタイミングも合わせろよ…。それと、俺はこれで学校から消える。後の事は、あんたに任せるわ…、1年生の学年委員…あいつも、かなり使える奴だ、終わるまで踏ん張ってくれ…。それぐらいしても、文句が出ない程、儲けさせてやる」
狂はキサラに告げた。
『解ったわ…。こっちは粗方形が付いたは、みんなぐっすりお休みよ。明日は相当な二日酔い間違い無しね。女教師達も、酷い怪我は負わずに済んだわ、一番重傷で舌が真っ二つに成った程度よ。学校の方も今は、悦子も居るし何とかなると思う。それよりさ、執事長の佐山と柏木が消えちゃったけど、何か有ったの?』
キサラが問い掛けると、狂の顔が曇る。
時刻は22:00、佐山達の不可解な行動に、狂は嫌な予感が背中を駆け抜けた。
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