三つの願い 〜男の夢〜
Hide:作

■ 第四章 「第二の願い」44

 梅毒
 クラミジア
 淋病
 ……

 ぼかされた女性をバックに、下から上へ、性病の名前が字幕で流れて行った。
 
 ……
 B型肝炎
 HIV(エイズ)

 そこまで流れて、あえぎ声は急に途絶え、画面は真っ暗になった。

「コンドームを使いましょう 公共広告」

 そのように、白くて、大きな文字が浮き出し、そのCMは締めくくられた。


 ……

 僕とすすむは顔を見合わせた。
「…やっぱり、エイズとか、防がなきゃなんだよ…」

 しかし、その後に、さらに衝撃的なニュースが流れた。





「……現在、全国的にコンドームが大変品薄になっています」

 そしてあるコンビニでコンドームの棚が空になり「入荷は未定です」という貼り紙が出ている映像の後、店員の「一週間くらい前から急に売れ行きと入荷のバランスが崩れるようになった気がするが、理由は分からない」ようなインタビューが流れた。

 スタジオにいた評論家は「若者の意識が上がったことと考えられ結構なこと」のようなコメントを出していた。

 それでも、コンドームメーカーへのインタビューでは「現在ラインをフル稼働させて供給に努力している」というコメントで、結局は供給難がすぐには解消されそうにないことを匂わせていた。



……そうか…急にみんなが気軽にセックスし始めたら、そりゃあ、コンドームも足りなくなるよなあ…

 三日目の晩にさちこがコンドームを買ったとき、その場にあった全部をつかんだことを思い出した。
 そういうことが、きっと、全国的に、いや、もしかしたら世界的に、起こっているんだ……


 真っ青になった僕の前に、しほが戻ってきた。

「どうしたの?」

「あ…いや、コンドームが不足している、ってニュースで」
「そうだよ。気がつかなかった?」

 しほは“何言ってるの?”という感じで言った。

 そうだよな。買ってる人は実感しているんだよな。
 ほとんど寮でもらってばかりだった僕は恥ずかしくなった。

「困ったことだよね…彼氏とかでなくてもここでセックスするのが当たり前になってから、安全にできるように、必要な人は使えるように、寮内にコンドーム絶やさないように、みんなで努力してきたのに……」

 ここでしほは一息ついて、

「ついに……一階に置いてある、寮で買ってるコンドーム、今度から買えなくなりそうだから在庫無くなり次第もう置かない、って今晩決まりそうなんだ。残念ながら」
 しほは、僕とすすむ両方を見て言った。

「ユニットで買うのは最後まで努力したいの。そろそろ無くなっちゃうから、どっちか、買ってきて」

「はい! 僕行きます」

 本当にこんなに身近に降りかかってきていたんだ! あわてていた僕は、とにかく何かしないと、と思って、携帯(電子マネー入り)とトランクスだけ持って、トランクス一枚で一番近いコンビニに走った。

 そして、素早く、コンドームがありそうな棚を見つけ、そこへ小走りで向かった。
“コンドーム お一人様 一箱限り”と書いてあった。
 あと一箱ある!

 手を伸ばすと、小さい手とぶつかった。

「あ、まさるさん」

 僕は顔を上げた…あの子だ。隣のユニットの、長めのTシャツだけ着て“これで捕まらないかなぁ”と言っていた女子。
 今も長めのTシャツを着ている。おそらくその下は何も来ていないに違いない。

「こ、こんにちは」

 この子の名前は知らないが、向こうは知っているに違いない。

「これ…やっぱり、ユニットで頼まれたんですよね?」
 その子は困ったような顔で言った。
「うん、そう」
「あたしもなんですよ…それだと…譲ってください、とは言いづらいですねえ」

 そうだ。これはみんなを守ることに関係あることだ……
「…うん」

 でも、となりのユニットだって、同じように困っているに違いない。

「半分つにしようか…」

 しかし、アンラッキーにも、この箱には「五個入り」とあった。分けられない。

「あ、じゅんこさん! ちょうどいいところに!」
 その子が声のトーンを上げてそう言った。

「ひかるちゃんにまさるくん! あんまり変な格好で外出しないように」

 僕からみて後ろから、じゅんこさんがちょうど入ってきた。振り返ってみると、さすがちゃんとした服装だった。

 この子はひかるっていうんだな。

「あ、すみません、つい…」
 僕はじゅんこさんの方に向き直り、そう言ったが、ひかるさんは
「これなら大丈夫と思ったんですけど…」
的なことを言った。

「それで、何が“ちょうどいいところ”なわけ?」
 
「コンドーム、この店の最後の一箱、まさるさんと同時に手に取っちゃったんです…それでどうしようか、って揉めてて。ユニットに買っていく分なんですよ」

 別に揉めてるわけではないと思うのだけど…

「五個入りなんです…じゅんこさん、たとえば、昔の裁きのように、じゅんこさんが一個出してくれて、それで三個づつ持って帰る、とかは、できないでしょうかねぇ…」

 ひかるさん、拝むようにそう言った。

「あのさ…私がそうそう持ち歩いていると思う?」
 じゅんこさんはちょっとむっとしたように言った。

「そうですね」
「それに現代の裁きではそういうのは無いの…」

 じゅんこさんはそれでもちょっと考えているようだった。

「でも、和解案なら出せそう…ひかるちゃん、コンドームの機能は?」
「…はい、一つには、pe*isから放出されたspermがva*inaに入るのを防ぐ…」

 じゅんこさんはさえぎった。
「別に生物学的な説明を答えてほしいわけではないの」
 後で聞いたのだが、ひかるさんは理学部生物学科だそうだ。

「…つまり、実際着けるのは男性の陰茎であっても、それは女性器に挿入するため、とか結果として複数人で使用する、というところに着目すればいいと思うの」

 じゅんこさんも堅い言葉でも結構すごいこと言っているような…

「ということは、分けられない一つを、2SEと2NEで使用する、と決めておけば、公平じゃない?」

 ひかるさんのいるユニットが2NEだったな。

「なるほど。さすが未来の裁判長、じゅんこさんですね!」

 ひかるさんは拍手した。
 拍手するほどのことか? とも思うけど、当事者間だとなかなか思い付かないのは間違いない。僕も拍手した。

 そして僕とひかるさんは握手した。じゅんこさんが去った後、ひかるさんは僕のトランクスの中に手を入れてくれたが、ひかるさんのTシャツに下から手を入れると公共の場で見えてしまいそうだったので、僕はTシャツの上から胸を揉むくらいにしておいた。

 それから僕は、電子マネーで会計し、僕とひかるさんの分の二枚の領収書をもらい、ひかるさんから半額の現金を受け取った。

 そのあと、三個のコンドームを持って、ひかるさんと一緒にコンビニを出た。

(ちなみに、さっきの“和解案”はちゃんと守った。数日後、ひかるさんが危険日だ、って言った日に僕とひかるさんで使った)

 しかし、ユニットに、と買えたのがたったの実質2.5個! これで一体どのくらいもつというのだろうか?!

 コンドームした方がいいのにコンドームが無い、なら、みんなで我慢しなくてはならないのか……いや、それでも普通にセックスする、の方が怖いかもしれない……そして……そういう危険が、本当に間近に迫っているのではないか?!

 僕は改めて怖くなった。

 もう少しコンビニ回ってみようか…でも、まだ明るいのにこの服装で回るのはどうだろう…それに、もうどこも似たり寄ったりのような気もする…
 そんなことを考えながらコンビニを出たところで、携帯が震えた。


 すすむからのメールだった。


“外で待ってろ
 悪魔さんのところ行こう”

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊