Netに舞う女
羽佐間 修:作

■ 第1章 投稿小説「ちなみ 陵辱」2

 真介が目覚めると、外は暗くなりかけていた。

 熟睡できたのか、すっきりとした気分で目覚めだが、また朝まで眠れない事を思うと少し憂鬱になる。
 パソコンの電源を入れ、メールをチェックすると、今朝書き上げた原稿を送った雑誌社から、来月も引き続き頼むとメールが入っていた。
「ふん。 味も素っ気も無いなあ。 労(ねぎら)いの言葉のひとつも寄越しやがれ」
 新聞社系列の雑誌で、妙にお高く留まっている編集者の態度が気に喰わないが、しがないフリーライターの身分だから致し方ない。
 別に渾身のルポでもないが、それなりの物に仕上げた自負はあった。
 都条例の「迷惑防止条例」「ぼったくり条例」改正後の歌舞伎町の現状ルポで、夜の街で流離(さすら)う青少年を追跡取材してきた。
 暗澹たる未来の日本を想起させる実像に迫った迫真のリポートとしてかなりの読者の支持を得ているらしい。
 来月は風俗嬢をレポートする予定だ。

 煙草に火を点け、お気に入りに登録しているサイトをチェックする。

――おや?! 早くも更新されてるじゃないか。
 「ちなみ 陵辱」が更新小説のTOPに位置していた。

 今日のちなみの行動の顛末が記されていた。
 小説の中で設定されているBlogに陵辱者「Mr.M」と名乗る男のちなみへの叱責と、ちなみの詫びが続く。


投稿者:Mr.M 
おまえ!約束を破ったな! あんなものはミニスカートって言わないんだよ!
それにショーツを穿いていただろ! 
ストッキングだけだと命じたはずだ! どう償う気だ?! 言ってみろ!
     
 RE:ちなみ−
     ごめんなさい。明日はもっと短いスカートを穿きます。 
     そして下着は穿きません。どうか許してください。


――えっ、やはり、今朝のあの子が”ちなみ”なのか… もしそうなら、香は現実の世界を小説に仕立てているってことなのか?
「そんな訳ないな、あはは」

 小説は、明日の朝、お前の真意を確かめてやるとのBlog主の命令で終わっていた。
――ふっ。 何か面白いな。 ついでだ。
 真介は明日の朝、もう一度駅に行ってみる気になっていた。

   ◆

 ケーキ工房ロートンでのアルバイトを終え、綾がマンションに戻ったのは、22:30を少し過ぎた頃だった。

 綾はこのアルバイトをとても気に入っていた。
 コンクールで何度も入賞した神内シェフの経営する店で、人気のスウィーツショップだ。
 綾は、この店の喫茶ルームでウェイトレスとして働きだして3週間ほどになる。
 おしゃれな店の雰囲気と、メイドのようなユニフォームも綾の好みだ。
 持ち前の愛想良さと笑顔で、たちまち綾目当てと思える男達が度々訪れるようになっていて、『可愛いね!』と声を掛けられる事も満更ではなく、尚のこと懸命に接客に努めた。

 オーナーの神内シェフも綾を可愛がってくれ、店の人気者となった綾を『あんな親父やお兄ちゃん達に度々ケーキを食べに来させるなんて、綾ちゃんも罪な事だね〜』とからかいながらも大事にしてくれているのが実感できる。
 今日も、50歳前後と思われる綾の父親と同じ年頃の男が、本を読みながら時折綾にねめつけるような視線を送り、店の看板まで2時間も粘っているのを神内シェフが気にして、マンションまで車で送ってくれたのだった。
「シェフ。 ありがとうございました。 じゃ、おやすみなさ〜い」
 ペコリと会釈して、マンションに駆けていった。
「ふふ。 可愛い子だ。」
 車を出して店に向かう道、神内は久しぶりにときめきを感じていた。

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