Netに舞う女
羽佐間 修:作

■ 第1章 投稿小説「ちなみ 陵辱」7

― Mr.M ―

 香は、サイト開設以来の熱烈なファン、早川 武明の事が頭に浮かんだ。
 彼を、この計画に引き込んで実在のMr.Mに仕立てる事を閃き、早速メールを送った。

早川 武明 様
お久しぶりです。亜久里 香です。
今回の小説「ちなみ 陵辱」は、小説と現実をシンクロするという試みにチャレンジしています。
よろしければ貴方も参加しませんか?

 早川 武明 29歳。 小金井市に住む信用金庫に努める銀行員だ。
 サイトのファンというより、早川が妄想して頭の中で築き上げた香に懸想し、『香さん。愛しています!』と事ある毎にメールを寄越した。
 何度目かのメールには自分のプロフィールを事細かに書いて送ってきたのだ。
 一流の大学出身、家族構成、趣味、年収などプライバシーを仔細に明かし、これらが本当なら会った事もない自分に打ち明けるなんてどんな心理なんだろうと薄ら寒い思いを抱いた。
 たまたま香の友人が早川と同じ銀行に勤めていたので、それとなく早川の評判を聞いてみたところ、業績は優秀らしいが、どこか得体の知れないところがあって取っ付きにくい人とのことだった。
 もしも何かの弾みで自分のことを嗅ぎつけられた場合、顔も知らないと逃げようがないと思い、本人を確認しておこうと一度だけ勤め先の信金まで出向いた事がある。
 外見はまさしく銀行員という感じで、真面目そうな雰囲気だが、怜悧な感じがして決して香の好みのタイプではなかった。
 プロフィールに偽りはなかったが、他人が早川の名を語ってメールを寄越している可能性は否定できないままだった。

   ◆

 早川から早速返事が届いた。
 喜んでお手伝いします!出来たら貴女に逢いたい!と書いてあった。
 危ない雰囲気の早川を参加させた事は、少し軽率だったかな?!と後悔の気持ちが湧いてきた。
 元々彼とは、顔を合わさないように仕組むつもりだったが、更に慎重に対処しなければいけないと思い、メールを打った。

早川 武明 様
では、以後貴方は”ちなみ”を正しく淫らな女に導くMr.Mですから月曜の朝、5:30に西武池袋の秋津駅南口に証明写真機に、ちなみの写真があるはずですので取ってきてください。
但し時間に遅れてはいけませんが、早過ぎてもダメです。
時間きっかりにお願いします。
貴方は、ちなみにとって謎の男ですから、まだその姿を見られてはいけません。
この計画は、ストーリーのあるドラマではありません。
偶然舞い込んだ”ちなみ”を小説を通じて現実に目覚めさせちゃいましょうという企画です。
ですから今度の月曜日もちなみが来ない事も考えられますので、その時は悪しからず

今後は早川さんへのお願いも、メールは使わず、小説の中で行うようにします。
その方が貴方も楽しみでしょ
尚、これらの事はくれぐれも他言無用でお願いします。
亜久里 香

   ◆

 時計を見ると4:30だった。
 藤堂は、歌舞伎町の取材を終えた後、マンションに戻りそのまま寝ずに朝まで原稿を書いていた。

「さて、行くか。 綾のちなみごっこを見届けてやる」
 TODOという名前で香にちなみを真似た綾の事をメールで知らせたところ、そのせいなのかどうかは分からないが、早速香の小説に”ちなみ”への過激な命令が書き込まれのだ。

 駅に着くと、駅前ロータリーの端にあるコンビニの雑誌コーナーでワクワクする気持ちを抑え立ち読みを装い、”ちなみ”が現れるはずの証明写真機を見張っていた。
 距離的には、20m位離れていて、監視するには絶好の位置だ。
 時計を見ると、ちなみへの命令の実行時間は、もう間もなくだ。

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