「脱ぎなさい」「はい……」
ドロップアウター:作

■ そんなの嫌……1

 そうして、真由子ちゃんは先生の所へ行きました。
 やっぱり緊張するのか、真由子ちゃんは教卓の横で先生と向き合うまで、ずっとうつむいたままでした。そのせいか、元々細身で華奢な体つきの真由子ちゃんが、ずっと儚く見えました。
 真由子ちゃんの白い清潔なブラウスの背中に、下着のラインが透けて見えました。まだブラジャーをしていない真由子ちゃんは、制服の下にインナーかスリップを身につけています。今日は、ブラウスと同じ純白のインナーを選んだみたいです。
「森川さん、ブラしないの?」
 クラスの子に聞かれて、真由子ちゃんはちょっと恥ずかしそうに、「わたし、まだ小さいから……」と答えていました。
 そういえば、真由子ちゃんが初潮を迎えたのは、二年生に上がってからだそうです。わたしにナプキンをくれた時、「内緒だからね」と言って、こっそり打ち明けてくれました。人より発育が遅いということを、少し気にしているみたいです。
 でも、真由子ちゃんも思春期の女の子らしい胸の膨らみは、ちゃんとあります。確かにそんなに大きくはないけれど、探せばAくらいでちょうどいいサイズのブラがあると思います。
 もしかして、お母さんが入院しているから、今まで相談する機会がなかったかもしれません。こういうことって、なかなか自分からは人に言えないものです。
「今度、ブラ買いに一緒に行ってあげようか?」
 わたしが体育の時に言うと、真由子ちゃんは少し恥ずかしそうにしながらも、なんだかうれしそうでした。
「あっ、じゃあ……お願いしようかな」

 黒板の所で、真由子ちゃんは先生の話を聞いていました。目を見上げて何度かうなずきながら、「はい」というふうに唇が動きました。
 時計を見ると、あと五分で授業が始まる時間になっていました。そろそろ準備しなきゃと思って、バッグから教科書とノートを出して、机の上に置きました。
 昼休み時間も残り少なくなって、トイレに行こうと席を立つ子が増えてきました。わたしも手だけ洗いに行こうかなと思ったけれど、真由子ちゃんのことが気になって、その場から動くことができませんでした。
 見ていると、真由子ちゃんは何か指示をされているみたいでした。真由子ちゃんの方も、時々先生に何か聞いて、答えてもらったりしていました。
 真由子ちゃんの表情は、普段とあまり変わらないように見えました。集中して授業を受けている時の、真面目ないつもの真由子ちゃんでした。
 よかった、そんなに心配することなかったんだ……
 少なくとも怒られている雰囲気ではなかったから、少しほっとしました。やっぱり、先生が真由子ちゃんを叱るなんて、まずありえません。

 でも、それなら真由子ちゃんは、どうしてあんなに悩んでいたんだろう……

 やがて、先生の話が済んだのか、真由子ちゃんがこっちを振り向きました。でも、なぜか席に戻ろうとはしないで、その場から動きませんでした。
 わたしを見ると、真由子ちゃんはふいに、とても悲しそうな顔をしました。そして、真由子ちゃんの愛らしい薄いピンク色の唇が、「ごめんね」というふうに動きました。
 えっ、真由子ちゃん……?
 その時、列の一番前の方で、女子の一人が立ち上がりました。
「先生、いくらなんでもそれは森川さんが可哀想です」
 このクラスの級長で、わたしと同じバレー部の絵美でした。真由子ちゃんに先生が何を言ったのか、列の一番後ろのわたしには聞き取れなかったけれど、絵美には聞こえていたみたいです。
「森川さん、転校してきたばかりなのに、教室でパンツだけになれなんてひどいですよ」

 ぱっ、パンツだけ? 教室で、真由子ちゃん……裸になるの?

 ざわめきが、教室のあちこちで起こりました。女子の間から、「きゃっ」「やだぁ」って、悲鳴みたいな声が上がりました。クラスのみんなの視線が、一斉に、真由子ちゃんの所に集まりました。
 真由子ちゃんは、まだ教卓の横に立って、叱られた子みたいにうつむいていました。女の子が、男子もいる教室で服を脱がされるなんて、普通はありえないことです。
 でも、真由子ちゃんがそんなことを指示される理由は、なんとなく分かりました。この学校では、確かにそうしなきゃいけない時があるんです。だとしても、真由子ちゃんにとっては理不尽なことに変わりないけれど……
「静かにしろ、島本」
 先生が、うんざりした顔で言いました。
「この学校は、身体測定の時はそういう決まりなんだから、仕方ないだろう」
 思った通りでした。真由子ちゃんは、これから身体測定を受けるように言われたんです。
 そして、先生の言った通り、うちの学校にはそういう決まりがあります。身体測定の時は、男子も女子も教室で服を脱いで、パンツだけになります。スリップも、ブラも、だめなんです。
 他の学校の子に言ったら、信じられないって顔をされます。「拷問だよ、そんなの」とか言われたりします。
 でも、わたしは我慢できないほど嫌というわけではありません。この学校の子は、ほとんどが幼なじみです。小さい頃、一緒にお風呂に入った男子もいます。だから、確かに恥ずかしいけれど、まぁいいかなって思うことができます。
 女子の中には、わりと平気だっていう子も結構います。むしろ、男子の方が照れているくらい。わたしは、一応胸とかは隠すようにしているけれど……
 ただ、それは慣れているわたし達だから言える話です。中学生になって初めて脱がされる子にとっては、こんな状況はそれこそ拷問です。真由子ちゃんは、もしかしたら下着さえ男子に見られたことがないかもしれません。

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