人身御供
非現実:作

■ 怪奇伝2

選ばれし娘達の運命は過酷。
戦が終わるまで、選ばれた娘は帰る事も食事も許されないと聞く。
明かりも光も差さぬ小さな奥地で昼夜も解らず、ただ1人取り残される……。
食事も取らされぬまま、ウジやその他の害虫に怯え眠る事も出来ないであろうに……。
精神も狂うに決まっている…… ……。
そう思うと、私は怒りで身が震える。
(まず以ってありえぬ)
神などなし、生き抜くば人の団結こそ。
その行為に反吐が出そうだった。
そして此度、再び戦火が起こるであろうその前に、人身御供を選ぶ評定が開かれるのだ。

「我ら総布家は、神のご加護を得ておるのだ」
「加護を信ずる者もおる、だがさにあらん……。
それは人1人の働きと意思のみ……。」
「じゃがそれはっ、神に娘を献上してその加護を得るこそ信仰の意思じゃ……」
「これ以上の討論意味無し、ご勝手にどうぞ……我かんせず」

私は廊下をギシギシ言わせながら、帰りの帰途へと足を運んだ。
後ろで喚く総布兵重を無視して……。


早く家に帰りたい……。
最近は城に居るのでさえ嫌気がさしていた。
(隠居するが為に出奔をしたというに…何をしておるのか……)
そう考えると、つくづくやるせない。
(いや、考えまい)
深く考える事を破却し、我が家でくつろぎたい。

帰る足取り城の時よりも早いものだ。
私も城内に住まいを設けられている。
以前の屋敷と違い、酷くオンボロの小さな御家。
門構えにはいつものように、山伏の格好をした2人の大男が立っている。
左に髪を剃り上げた「金剛」、右に長髪の「不動」という名の者達。
優遇されていた毛利家を出奔した私に、迷わず付いて来てくれた大切な部下である。

「いつもすまぬな」
「……」
「……」

必要以外は話さない怪力達に、私は奥へと促す。

「寒かったろう、入ろう」
「……」
「……」

いつものように無言の2人は、私の後ろに着いて行く。
彼らに背中を守られていると、心強い事この上なし。
私達は敷居を跨ぎ、戸に手を掛けた。

「只今帰った」
「あ、お帰りなさいませっ」
「大事無いかい、桔梗?」
「はい、万事」

いつも迎えるは、世話人でもある目付きの鋭い女子。
名を「桔梗」という。
我が家の家事を一手に引き受ける、気立ての良い女子である。
この女子がいなければ、我が家はどうなってしまうのだろうか……。
私は足を洗う桶に水を汲んだ。
自分の事は自分でやる、ここに来てから習慣になった事である。
当初は「主様にそんな事」と言って聞かなかった桔梗だったが、私は頑なに断り続けた。
世話人が1人しかいなくなってしまった今、桔梗の手を煩わせたくない。

洗い終えた足を拭いていると、奥から我が妻が姿を見せに来た。
桔梗が呼びに行ったのであろう。
お気に入りである朱色の打掛の裾を正して、三つ指を付いて姿勢正しくお辞儀をする。
美しき振る舞いである……。

「お帰りなさいませ、貴方様」
「おぉ琴乃、只今帰ったよ」
「今日もお早いお帰りで」
「うむ、特にする事もなくてな」
「ようございました」
「さてと、今日は何をしていたのかな?」

奥へと入る私の後ろに続く琴乃と大男2人。
小さい屋敷ゆえに玄関口と居間の差は廊下も無く、襖1枚で仕切られているのみ。

「ほぅ、貝合わせか」
「はい、今日は2枚合わせました」
「それは見事だ」
「姫様は、お強うございまする」

桔梗が床に散らばる貝を片付けながら言った。
琴乃が座っていたであろう上座には、4枚の同じ絵柄の貝が手元に置かれていた。

「貝は私が片付けるから茶をくれぬか」
「畏まりました、姫様もですよね?」
「ありがとう」
「はいはい、全員分のを煎れてまいりましょう」

(桔梗……つくづく気の利く者よ。)
残った貝を集めながら、隣に座る琴乃を見つめた。
今の琴乃にとって、既に茶しか興味がない。
台所に消えた桔梗を、今か今かと待ち遠しそうに視線を送っている。
(不憫なる……。)
琴乃…… ……。

「はい、お茶が入りましてございまする」
「うむ」
「はい、姫様も」
「わぁ〜〜い」

眼前に置かれた湯気立つ茶に、頬を綻ばせる琴乃。
まるで新しい玩具を手に入れたかのように……。
琴乃……。
麗しき姫よ…… ……。
髪を愛でてやると、琴乃は顎を肩に乗せてきた。
妻よ…… ……。
山陰の落ちぶれた公家から、26歳と婚期を大分過ぎた齢で私に嫁いできた綾乃姫。

婚期を遅らせ続けた最大の理由は…… ……。
この愛する姫の精神は病んでいる。
今も、身体は立派な28歳。
未だに、心は幼き14歳。
身体の成長に対して、精神の成長は14歳で止まったままなのだった。

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